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「うわ、糸ヶ丘なにそのだらしない顔」
「えへへ」
「(うわあ……)」
翌日、私は満面の笑みで教室にいた。それはもう、多田野が引いているのが分かるくらい。
「鳴さんと付き合いだしたんだって?」
「えへへ」
「よかったね、おめでとう」
登校してきた多田野は、私が鳴先輩を恋愛対象として好きだと知っていたから、素直に祝ってくれる。
「昨日の昼?だっけ?」
「そうなのよ、でも実感湧かなくて、」
「夜に鳴さんと電話していたでしょ」
「?」
「わざとらしく『今から彼女と電話だからさー』ってアピールしていたから」
「えへへ」
全力でゆるむ顔は、特別我慢するつもりもない。というか、我慢もできない。
「あれ、今日荷物多いね」
「ふふん、これは鳴先輩に渡すからあげ弁当」
「ようやく作ってきたんだ」
「ようやくって、多田野が私たちの何を知っているの」
「鳴さんが、全然からあげ作ってきてくれないって文句言ってたから」
多田野からの報告を受けて、また赤面してしまう。そう、出会ったばかり(去年熱中症で倒れた際の遭遇は別として)の時に、からあげを差し入れされたいと言っていた。とはいえ、私はまだ料理が上手くなかった。どうせ食べるのも私のお姉ちゃんだけだからと、揚げ物なんてサッパリだった。だからデパ地下のお惣菜コーナーで評判のものを持っていったのだが、「手作りがいい!」とバッサリ切捨てられてしまったことがある。
それからようやく、私は料理を頑張り始めた。
「あれから努力し続けて、やっと一通りできるようになったの」
「へー、鳴さん喜ぶといいね」
「……うん!」
***
「ごめんね遅くなった」
「いえ!いくらでも待てます!」
昼休み、私たちが落ち合うのはいつもの空き教室。寮でもらうという野球部のお弁当を持って、鳴先輩は現れた。ああ、本当に、来てくれた……!
「思っていたんだけど、かのえちゃん声大きいよね」
「そっ!……そうですか?」
「普通にしてよ、普通に」
「普通に……」
鳴先輩を目の前にして、それは難しい。でも確かにちょっとうるさいという自覚はある。気をつけなきゃ。
「ねね、はやく弁当食べよ?」
「は、はい」
「……おぉー、料理できたんだ?」
「頑張りました!」
昨日、お弁当を作ってきてほしいと言われた。スーパーなんて24時間あけなくても昼間に行けばいいのにと常日頃考えていたが、24時間営業のスーパーにここまで感謝したことはない。
「へー、お菓子とかもできる?」
「鳴先輩が食べたいって言ってくれたら、これから頑張ります」
「じゃあ今年のクリスマスはかのえちゃんの手作りケーキだね〜」
今年のクリスマスまで、まだ一カ月以上もある。それまで付き合っていてくれるんだ。ちょっと先の予定が入るだけで、にやけてしまう。
「でも、昨日の今日でよく作れたね〜」
「頑張りました!」
「うん、えらいえらい」
いつもの弁当と、私の弁当とを並べて、ぱくぱくと食べ進める鳴先輩。考えたら鳴先輩が食事する姿って、初めてみたかもしれない。
「……鳴先輩、」
「んー?」
「写真を撮ってもよろしいでしょうか」
思い切って、聞いてみる。流石に食事中の写真は厳しいかと思ったが、予想外に肯定の返事が来た。
「ん、いいよ」
「えっいいんですか!?」
「待って、食べてからね」
「……ん?」
そういうと鳴先輩はかっこむように残りのごはんをさらえてしまった。あれ。
「逆光になるからそっち行くね」
「え、」
「かのえちゃんインカメ下手そう〜俺のケータイで撮ろ」
「えぇっ!?」
動揺したまま、肩を抱かれる。ハイチーズ、パシャ。その音がしたらすぐに解放されてしまった。
「……ぷぷっかのえちゃんカメラ見てないじゃん」
「だだだだって!」
まさか、ツーショットを撮るだなんて思いもしなかった!
しかしそれを伝えると、私が先輩の食事姿を撮りたがっている女だとアピールすることになる。ので黙ってしまう。いや、さっき言おうとしたんだけどね、勢いって大事よね。
「ん?そっちのカメラでも撮る?」
「……鳴先輩のピンショットを」
「俺? イェーイ」
パシャ
「……っありがとうございます!」
「いいけど、どうすんの、それ」
「すごくかっこよく撮れたので、待ち受けにします!」
「どれどれ……えーっ俺もっとかっこいいタイミングあるって」
「鳴先輩はいつでもかっこいいです!」
「そうだけどさー、でも待ち受けはもっと別のにして」
「鳴先輩がそう言うなら……」
「あ、その写真あとで送って?」
「? 分かりました」
私が撮った鳴先輩のピンショット写真は不評だったのに、なぜか送るように言われた。どうしたんだろう。
とはいえさほど気にしていなかっただが、鳴先輩からの連絡で、彼のアイコンがその写真に変わっていて、私が何とも言えない気持ちになるのはあと10時間後のことである。
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