小説 | ナノ


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「かのえちゃん!」
「め、めいせんぱい」
「緊張すごいな」


そして当日がやってきた。アップの終わった鳴先輩が、移動列を抜けてこっちまで来てくれる。
大口叩いたものの、実際にその日が来ると緊張してくる。大丈夫かな、ちゃんとできるかな。

「ねーちゃんたち来るの、多分練習試合始まってからなんだよね」
「なら私はどうしていたらいいんでしょうか……?」
「いつも通り見学していたらいいよ」
「?」
「で、もし俺がそっち見たらこっそり手振り返して」
「あ、なるほど」

におわせ女っぽいことをすればいいのか。よし、頑張ろう。



「……それさあ、」
「?」

鳴先輩が、何か言いたげに私の服装をみる。今日は他校での練習試合だから、しっかり私服だ。


「まさか本当に全部やってくるとは、」
「全部?……あ、頂いたアドバイスはすべて参考にしました!どうでしょうか!」
「うん、いいと思う」

せっかく鳴先輩が似合うと言ってくれたんだ。今日の私は、青いフレアスカートに白のサマーニットを合わせ、ゆるめのポニーテールを作ってきている。顔は学校で披露した、全力のナチュラルメイクだ。あとは鞄にいつもと同じように、日焼け防止策のつばの広いハットとアームカバーを忍ばせて。


「えへへ」
「あんまりだらしない顔しないでね」
「き、気を付けます」
「……中身が心配なんだよなあ、かのえちゃんは」
「う゛っ」

承知のことだが、鳴先輩に指摘されてしまうとダメージがくる。

「で、でも予習はバッチリなので!」
「ほんとにー?」
「はい!彼女として鳴先輩のこと何聞かれても答えられる自信あります!」
「何それこわい」

ビジュアルはこれ以上どうしようもない。あとは頭脳で勝負するしかない。今まで鳴先輩とメールしてきたやり取りと、多田野から教えてもらった情報を見返して、多分今の私なら幼馴染くらいの女になれる。……鳴先輩の幼馴染っていいな。もっと早く出会えていたらよかったのに。



「あーっ!鳴ちゃんいるじゃないですかー!」

校門の方から甲高い声が聞こえる。例のあの女だ。見せてもらった写真より、向こうもだいぶメイクも髪型も違うけど直感で分かる。そして、後ろから歩いてきているのが、鳴先輩のお姉様だろう、なんというか……

「げ、ねーちゃん来るの早いな」
「成宮家の血筋、強い……!」
「つ、つよ……?」
「スタイルとんでもないですし、顔の造形が完璧すぎます……!勝てない……!」
「ねーちゃんとは勝負しなくていいから、ほらしゃんと立って」
「は、はい!」

遠くからでも分かる、スタイルと顔の良さ。そして、地毛なのだろう、鳴先輩と同じ色素のうすい、綺麗な長髪。羨ましい。私もこんな風に生まれたかった。


「鳴」
「ねーちゃん久しぶり」
「はじめまして!あたし、成宮さんの後輩なんです〜」
「……どーも」

帽子を取って、軽く頭を下げる鳴先輩。そんなことしなくていいのに、こんな女にも礼儀正しくてかっこいい。女がちらりと私の方をみる。まだ名乗らない。紹介されるまで、にこにこと笑顔をつくるだけ。


「……そういえばこの高校って、うちが工事担当するんですよね〜成宮さん?」
「こら、仕事の内容ぺらぺら喋んないの」
「すみませーん、でも野球グラウンドの改装に携われるの嬉しくって!」

どう考えても私が(偽)彼女だって察しているであろうに、一切無視して話を進める女。早速権力アピールか、性格悪いな。というか、鳴先輩もそこは興味あるのか、「へー」と反応している。ま、まって。

「鳴ちゃんはお姉さんのお仕事の話、聞いたりしていないんですか〜?」
「あんまり興味ないんで」
「えー、でも今ちょっと反応したよね?うちの会社、球場の整備や増設工事もやっているんだよ?」
「(さっそくタメ口かよ、この女)」
「△△デザインって名前の会社だけど、パパが野球好きでね〜あ、パパっていうか社長がね?」
「は、はあ……」

後ろでお姉さんが睨みを利かせているせいか、何とも弱々しい返事をする鳴先輩。そろそろ集合時間なのではないか。先輩が困っている。なんとか助けたい。糸ヶ丘かのえに、何かできることがあればいいのに……あれ。



先ほどの会話を、ふと思い出す。△△デザインって、確か。



「……鳴先輩のお姉さんって、建築関係のお仕事されていたんですね」
「え、ああ、そうだけど」

「ご挨拶が遅れて申し訳ございません。私、稲城実業1年生の糸ヶ丘かのえと申します」

あえて、(偽)彼女とは言わない。伝えるのは、おそらくこの情報だけでいい。




「私の父も、建築関係の仕事をしているんです。糸ヶ丘建設ってご存知でしょうか」

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