小説 | ナノ


▼ 09

「こんにちは、神谷先輩も学食ですか?」
「……誰」
「……糸ヶ丘ですけど」
「……は?」

ちょくちょく喋るようになった先輩を無視するのはいかがなものかと思い、学食の丸テーブルをひとりで占領する神谷先輩に話しかけた。が、何ともひどい扱いだ。とはいえ、私が一人だと気付いたのか、正面の席をあけてくれた。どうやら、先輩も今日はひとりのようだ。


「すっぴん?」
「そんなわけないです、ナチュラルメイクにしました」
「はー……化粧ってすごいな。髪まっすぐなの初めてみた」
「相手が年上なので、大人しい清楚系イメージにしてみたんですけど……」

どうでしょうか。そう問えば、神谷先輩はようやく納得したように「ああ」とつぶやいた。

そう、鳴先輩に彼女の振りを頼まれた私は、週末に向けて研究中なのだ。


「……正直、めっちゃタイプ」
「そ、それは、まことに、ありがとうございます」
「何その口調」
「照れているんです!」
「顔色も変えずによく言うよ」
「変わっているんです、ファンデーションの下で」

顔色が変わらないのは、この厚化粧のおかげだ。普段から赤面しがちな私は、緑の下地を塗りたくって赤くならないようにしている。そのおかげで、今神谷先輩に言われた言葉も、平然として受け答えしたようにみえたらしい。

「多分、鳴も気に入るんじゃないか」
「鳴先輩の不愉快にならないなら助かります」
「不愉快って、」

一番大切なことは、鳴先輩の不愉快にならないこと。次に相手の女に勝つことだ。
鳴先輩の意見を聞きながら手直ししようと持ってきたポーチを開けて、案外興味深々な神谷先輩に色々説明をした。

「これは?」
「アイライン。目おっきく見せるペンです」
「じゃあこっちは?」
「それは鼻高く見せるためのものですね」
「はー、わざわざそんなことすんの?」
「純日本人の彫りの限界を舐めないでください」

男女の差というよりも、人種の差である。鼻の長さも、目の大きさも気にくわない私は、メイクで何とかするしかない。だからこうして顔をつくっている。


「かのえちゃん!……と、カルロ?」
「っ鳴先輩!」


食べ終わったら学食行くね、と言っていた鳴先輩が、ようやくやってきた。彼が立っているので、私も立ち上がる。鳴先輩が私の隣に座ったので、私もまた座った。

「なんか男子が噂しているなーって思ったけど、まさかかのえちゃんとはねー……」
「何か言われてましたか?」
「なんでもなーい」
「?」

確かに先ほどからチラチラ視線を感じる。いつも割と見られはするが、今日は髪型もおとなしいし顔もケバくないのに、なんでだろうとは思っていた。でも、鳴先輩が何でもないっていうなら何でもないんだろう。うん。


「なんで今日はそんな顔なの?」
「週末に向けて、試行錯誤中です!」
「……ねーちゃんのため?」
「鳴先輩の為です!」

力強く返事をする。さすれば鳴先輩も納得してくれたようで、「ならいい」と許可をくれた。一体なんの許可だろう。分からないけれど、何かを認めてもらえた様である。


「鳴先輩はどっちの方がいいと思いますか?」
「いつもと比べて?」
「はい!」
「んー……ぶっちゃけ、今の顔はめっちゃタイプ」
「なっ……!そ、そこまで……っ!」

予想外の、誉め言葉だ。いつも以上に塗りまくってきて正解だった。顔があつい。タイプ。タイプなんだ。神谷先輩が「俺の時と反応違わない?」なんて言ってくるけど、申し訳ないが仕方がない。一つ重要な情報が入った。鳴先輩は、大人びたナチュラルメイクが好き。


「だけど、学校でしてこなくてもいいんじゃない?」
しかし、突然落とされる。


「っ気に障りますか……?」
「気に障るっていうか……うーん……」
「……鳴先輩が嫌がるなら、止めます」
「嫌じゃないんだけどー、めっちゃタイプだけどー、」

どうも煮え切らない様子だ。なんだろう、この顔じゃ相手に勝てないのかな。

鳴先輩が困っている。鳴先輩の不安を取り除かないと。そのためだったら、なんだってする。



「こ、この顔じゃ勝てませんかね……?」
「彼女がいるって分かるだけで充分だとは思うけど」
「でも私だったら、鳴先輩の彼女がとんだブスでクズだったら納得いかないってなります」
「怖えな」
「神谷先輩は黙っててください」


はじめて鳴先輩に頼ってもらえた。私ができることは、ちゃんと全部やっておきたい。



「……俺ね、かのえちゃんは大人っぽいよりふわふわ可愛いイメージなんだよね」
「ふわふわ……がんばります」

「あと、色は青が似合う」
「そ、そうですか?」

「髪は毛先だけくるんってしてポニーテールにしてたの、可愛かった」
「かっ……ありがとうございます……!」


ふわふわなイメージなんて初めて言われたし、ポニーテールはキャラじゃないと友だちに指摘されて以来、やってきたことはない。だけど鳴先輩が褒めてくれるなら、今日から私はポニーテールの女になる。決意していると、あることに気付いた。


あれ、青なんて身につけてきたこと、あったっけ。



「ま、単なる俺の好みってだけだから、軽く参考にして」
「はい!そうします!」

メイクはこれで良さそうだ。服装は、いつもと系統が違うから、今日の放課後にでも買いに行かなくちゃ。頭を下げて、学食から立ち去る。よし、頑張るぞ。






「……鳴の考えていること、当ててやろうか」
「んー?」
「”全部やってきたらいいなー”って思ってんだろ」
「へへ、バレた?」

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