小説 | ナノ


▼ 07

「あー、バスケで負けた樹くんじゃないですかー」
「鳴さん、お疲れ様です」

球技大会当日、俺と同じバスケに出ていた樹が走っていたので声をかけて呼び止める。

「身長ある癖にバスケ下手だよね、ダンクくらいすればいいのに」
「未経験者に無茶言わないでください」
「俺だって未経験者だけど優勝ですしー?」
「そりゃあバスケ部3人もいたらそうなりますよ……」

偶然にも、俺のクラスはバスケ部のレギュラーが揃っていた。それならとバスケに出場すれば、余裕の優勝。持つべきものは友である。本当だったら野球に出られたらよかったけど、野球部員で「野球には出ないようにしよう」って話にした。ケガさせちゃうかもしれないし。

「つーか、そんな急いでどこへ行く?」
「うちのクラスのソフト、決勝らしいんですけど」
「なら早く応援行ってあげなよ」
「呼び止めたのは誰ですか……あと応援じゃなくて、糸ヶ丘さんを探してって連絡が」
「かのえちゃん?補欠でしょ、どうしたの」

言いにくそうにしている樹。つーか、探せってどういうことだ。


「体調崩した子の代わりに出場したらデッドボール食らったみたいで、でも保健室にも行ってないみたいなんです」


***


「……うわー、結構えぐいな」

メイクぼろぼろ、髪もぐしゃぐしゃ。ボールが当たった時に顔を隠そうともだもだしていたら、せっかくのヘアセットもメイクも崩れてしまった。

鞄と制服を持って空き教室まで来た私は、いつもの窓際に座り、しかし外から見えないようにカーテンを閉めた。もういいかなと思って、シートタイプのメイク落としで顔を拭く。手鏡で見た顔には、割と痛そうな痣ができていた。



「痛くはないけど、痛そうには見えるかな」
「見えるよ」
「やっぱりそうか…………なっ!?」

「うわ、正面からみると結構でかい痣じゃん」


独り言ちていた私の隣に、なぜか鳴先輩が立っている。


「な、ななななんで鳴先輩が、」
「これ本当に痛くないの?」
「大丈夫です痛くは痛たたたたたっ」
「痛いんじゃん」

無表情の成宮先輩が、私の顎を片手で掴む。そのまま痣となっている頬に指をずらして突けば、私の絶叫が響いた。ちょっとだけ、涙が出る。

「た、たしかに多少は痛いですけどもっ!」
「ちゃんと病院行きなよ」
「い、行きます!行きますので離してください!」

そういえば、ようやく指を痣から離してくれる。が、顔はそのまま掴まれたまま。じっと見つめられる。


「あ、あの、鳴先輩……?」

こんな至近距離で見つめられては、私の顔も真っ赤になってしまう。まあいつも鳴先輩と話す時は赤面している感覚があるけれど。とはいえ、それを見越してグリーンの下地で赤面対策のメイクをガッツリしているおかげできっとバレたこともない。今も……あれ、そういえば。



「……改めてみると、思ったより目小さくもないね」

「あ゛」


思い出した。今の私はスッピンだ。マズイマズイマズイマズイ。思わず彼を腕を振り払って、両手で顔を隠す。

先輩にスッピンを見られるのは2回目だが、1回目はおそらく、先輩は覚えちゃいない。



「す、すみません……醜いものを」
「そうでもないけど」
「……び、びょういん行きますのでっ!失礼させて頂きます!」

「ねえ、」

顔を伏せながら荷物をすべて鞄につっこむ。髪はどうしようもないので、ぼさぼさのまま。挨拶をして去ろうと立ち上がったのに呼び止められて、片手で顔を隠しながら振り返る。


「なんで保健室行かなかったの」

なぜ、と言われても、正直大した理由ではない。そこまで気にせず、訳を話す。

「メイク落とせって言われるかと思って」
「保健室の先生にバレるくらい良くない?」
「先生はいいんですけど、結構男子もいたので……」

私も最初はそう思い、保健室まで足を運んだ。体調を崩したクラスメイトがいることは分かっていたが、そこに素顔を見られることは気にしていなかった。女子なら修学旅行でスッピンもバレるし、化粧で顔が変わることなんて承知だろうから。だけど、男子が、というか、野球部の先輩がいるのをみて、私はこの教室まで逃げてきた。「鳴先輩のファンのスッピン、酷かった」なんて思われて、鳴先輩の評価を下げたくなかったし。


「……ふーん、」
「あ、あの、」
「分かった、はやく病院行きなよ」


あまり納得していなさそうな表情の鳴先輩が気がかりだったが、そうしますと伝えて、私は教室を後にした。


***


「糸ヶ丘さんおはよう」
「多田野、おはよ」
「顔大丈夫?」
「……君は言葉のチョイスを考えて」
「け、怪我って意味だから!」

翌朝、下駄箱で出くわした多田野から怪我を心配された。言い回しはアレだが、何だかんだこうして気を遣えるからしっかりした男だ。流石は鳴先輩の後輩である。


「痛みはもうないよ」
「痣、もう消えたの?」
「消したの」

昨日、現場を見ていない多田野はどのくらいの痣だったのか知らない。そんな一日二日で消える痣ではなかったのだが、大事にしたくなかった私は必死のメイクで何とか隠している。多田野に伝えれば、ちょっと渋い顔をされた。

「怪我に良くないんじゃ、」
「大丈夫、別に強く押したりしてないし」
「ならいいけど……」

あまり良くなさそうな口ぶりで、納得したという。だっていつ鳴先輩と会うか分からないのに、あんな醜い痣を見せていられない。

そう思いながら下駄箱から廊下に上がると、その鳴先輩が隣の下駄箱から現れた。


「かのえちゃん!」
「っ鳴先輩!」
「おはよ! 病院行った?」
「はい、骨も異常なく無事でした」
「なら良かった」


なら良かった。なら良かった。鳴先輩に心配してもらえるなんて、とんだ役得である。怪我をしてよかった。

「先行く」
「おっす勝之またねー」
「あ、」
「ん?」

昨日、保健室で見かけた野球部の人だ。カツユキさんっていうのは初めて聞いた。

「勝之のこと、知ってんの?」
「名前は存じ上げなかったのですが、昨日保健室に」
「あーなんか昨日サッカーでひざ血出たって言ってた」
「えっ大丈夫なんですか?」
「大丈夫でしょ、放課後も今もふつーに練習してたし」

野球部の、レギュラーさんが、怪我。それは一大事だ。あまり状況も見ずに保健室をあとにしてしまったのだが、練習できるくらいならそこまで酷い怪我でもなかったんだろう。ほっと息をつく。

「……勝之のこと、タイプなの?」
「えっ」
「昨日スッピン見られたくなかったんでしょ」
「あー……それはタイプどうこうじゃなく、」

あらためて口に出そうとすると、何だか自意識過剰のように思えてきた。私のスッピンが不細工であったところで、鳴先輩の評価が揺らぐとは思えない。でも鳴先輩がせっつくように聞いてくるし、多田野も面倒くさそうな顔をし始めたから、言うほかない。


「その、鳴先輩がこんなブスと喋っているって思われたくなくて、」
「えー何それ!かのえちゃんブスじゃないよ!」
「そ、そんなことは、」
「それに勝之は女子の顔なんて気にしないって」
「そうですかね……」
「あいつ、基本的に女子嫌いだし」
「そ、そうなんですね……」


確かに、カツユキ先輩が女子生徒と喋っている様子なんて見たことがない。
2階から野球部を見ていると、色んな交流が見える。鳴先輩が声援を受けたり、鳴先輩が差し入れをもらったり、鳴先輩が呼び出されたり。あとたまーに神谷先輩も声をかけてもらったりしている。だけど、カツユキ先輩が女子と喋っている様子は見たことがない。

「あ、じゃあさ、勝之が野球部じゃなかったらスッピン見せたの?」
「見せたというか、まあ見られても気にしなかったかと」
「ふーーーーーん、それは俺の知り合いじゃないからってこと?」
「そういうことに……」
「でも俺の知り合いって、野球部だけじゃないんだけど」
「あ、」

考えてみれば、野球部でなくとも鳴先輩は友だちがたくさんいる。こうして下駄箱近くに立っているだけでも、色んな人から手を振られているから。


「そう考えたら、誰にもスッピン見せられないです……」


鳴先輩に当然の指摘をされて、ようやく気付く。まるで鳴先輩に知り合いが少ないかのような発言をしてしまったと落ち込んでいれば、多田野が「そろそろ行かないと」と声をかけてくる。その言葉で、時間を見る。しまった、そろそろ移動し始めないと。だんだんと他の生徒も少なくなってきた。


「じゃ、俺も行くねー!」


失言に落ち込んでいたのだが、鳴先輩は気にしていない様子でほっとした。むしろなんとなく、鳴先輩の機嫌が昨日の帰りより良い気がする。何はともあれ、鳴先輩が楽しそうなら何でもいいや。

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