小説 | ナノ


▼ 05

「糸ヶ丘さんって昨日何時に帰ったの?」
横を向いて窓からグラウンドを見下ろすように座っていれば、多田野が話しかけてくる。チッ、もう野球部は朝練終わりか。

「え、何なの多田野。私のストーカー?」
「糸ヶ丘さんにだけは言われたくないよ」
私に口が悪いというが、多田野も私には大概容赦ない。

「どうせまた鳴先輩見るために残っていたんじゃないの」
「残念ながら、昨日は屋内練習だったからさっさと帰ったよ」
「えっ」
「ん?」

多田野がちょっと驚いた顔をする。

「昨日、普通に練習していたんだけど」

「……」

「……えっと、糸ヶ丘さん……?」

「……」

「糸ヶ丘さーん……?」

「……」

「おーい」


***



「……もう無理絶対嫌われた!!!」


昼休み、2年の教室まで赴いた私は、クラスメイトと喋っていた神谷先輩の元へきた。

叫んで教室の扉を開けた段階で教室にいた人は引いていたし、神谷先輩と喋っていた人たちに「彼にちょっと話があって、」といえば、他の男はすぐに席をあけてくれた。神谷先輩の前に座り、相談を始める。


「やっぱり盗撮頼んでいたの、まずかったのかな……神谷先輩はどう思います?」
「つーか、なんでわざわざ昼休みに俺のとこ来たんだ」
「だって一番状況分かっているの神谷先輩じゃないですか」
「糸ヶ丘が何も教えてくれないから俺も知らないなー」
「……」

そもそも、神谷先輩がいきなり腕掴んで壁に押し付けてきたりしたから、鳴先輩に気付かれてしまったんじゃないか。わざとらしく、昨日掴まれていた方の腕をさすれば、神谷先輩はぐっと表情をゆがめた。

「……まあ、思い当たらないことがないわけでもないけど、」
「えっ何?教えてください」
「鳴を好きになったきっかけ教えてくれたらな」
「教えてください」
「……露出魔出たって言っていたから、それでじゃねーの」


同じ言葉を繰り返せば、諦めて口を開く神谷先輩。

「不審者が出たから、何があるんですか……?」
「何ってお前、」
「だって私のマンション、徒歩1分ですもん」
「えっ何それ。すげー近いじゃん」
「すげー近いんです」
「へーはじめて聞いた」

いくら裏門側から出入りしているとはいえ、色んな人に羨ましいと言われることがあるので、結構知られていると思っていた。が、確かに野球部は通学なんてないから知らないのかも。

「鳴も多分、そんなこと知らねーと思うぞ」

つまり、どういうことだ。


「心配してくれたんじゃねえの? お前のこと」


神谷先輩が自身の予想を告げる。とはいえ、おそらくそれはない。仮に誰かの心配をするなら、毎日私より遅くまで残っているファンの方がよっぽど危ないと思う。私だって最後まで見ていきたいけど、家事があるから早く帰らなきゃいけないこともあるのに。ああ、羨ましい。

結局、嫌われた後の解決方法は、予鈴に阻止されて分からないまま終わってしまった。



***



「あれ、かのえちゃん帰るの?」
「……鳴先輩」

放課後、何もすることがないので今日はさっさと下駄箱に向かった。昨日、買い出しを充分してしまったので、今日はいつも通りまっすぐ帰る。裏門の方へ向かっていれば、練習着姿の鳴先輩がいる。ああ、やっぱりかっこいい。

「駅もバス停もあっちでしょ? なんで裏門?」
「私、すぐそこに住んでいるんです」
「えっそうなの?」

素直に返答すれば、神谷先輩と同じような反応が返ってきた。

「今日は用事?」
「いえ、用事があるというか、何もないから帰ると言いますか……」

鳴先輩を見る以外の用事は、そもそもこの学校にない。鳴先輩を見るためだけに入学して、鳴先輩を見るためだけに通学してきているんだ。


「野球部、見ていかないの?」


平然といわれて、思わず固まる。え、でも、だって。


「鳴先輩、私に盗み見されるの嫌だったんじゃ、」
「えーなんで?そんなこと言った?」
「昨日、はやく帰れって、」
「そりゃ露出魔いるのに暗くなるまで一人でいられちゃ困るじゃん」


そんな近いなら心配いらなかったけどね。なんて、鳴先輩は言う。まさか、神谷先輩の予想が当たっていただなんて。そんなことあるはずないと考えていた私は、動揺が隠せない。


「それは、その、」
「ひとりで見ているのかのえちゃんくらいだもん、他は何人かでいるから大丈夫だろうけど」

ああ、そうか。そういう理由か。
確かに他のファンは複数人できゃいきゃいと見学している。黙ってみろっていつも思う。


「……よかった」
「? 何が?」
「私、てっきり”もう見に来るな”って意味かと」
「そんなこと言ってないじゃん!」
「昨日言われたことを、曲解してしまいまして」
「なんでそんなネガティブなのさ」
「いや、だって私の行動って、」

ほぼストーカーだ。自覚はある。鳴先輩もそれは流石に思っているのか、ああ、とこぼす。

「まあ、樹に連絡もらっていたのはアレだけど」
「す、すみません……」
「やめてって言ったらちゃんとやめたじゃん、だからいーの」
「本当ですか……?」

やめたからと言って、結局鳴先輩自身からスケジュールを教えてもらって、たまに写真をもらったりしている。だから私のストーカーチックな生活は変わっていない。


「俺の言うことは、文字通り素直に受け入れてくれたら怒んないよ」


この言葉を受けて、私はほっとした。胸に刻みこんでおく。


「じゃあ……今日も空き教室で見学します!」
「うん、いーよ……あ、」
「?」

「補習、忘れてた」


そう、昨日は不審者が出たから先生に急用が入った。もう捕まったので、今日は普通に補習があるらしい。「明日こそ見に来て」と言い残して、練習着のまま走っていく鳴先輩を、見えなくなるまでずっと視線で追いかけた。明日。明日こそはゆっくり残ろう。今日は早く帰って料理の作り置きをして、明日からの放課後に備えよう。面倒な家事も、ちょっとだけ嬉しくなりながらその日は過ごした。

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