小説 | ナノ


▼ 03

「ねえ!」
「わ、わたし……?」
「しかいないよね?」


購買で買い物をしてみようと廊下をちんたら歩いていたら、鳴先輩が私の腕を引っ張ってくれた。それでも私に用があると信じられなかったけど、やっぱり私で合っているみたい。


「な、何か失礼なことでも……!?」
「廊下歩いているだけで失礼できるならすごいと思うよ」
「鳴先輩の歩行の邪魔だったのかと!」
「まー、俺のが足長いもんね」

言って、掴んだままだった腕を引き寄せてくる。待って待って待って待って。近い近い近い近い。

「ほら、腰ここ」
「ななななっ」
「ぷぷっ顔真っ赤」


私をからかうことが目的となっているのか、鳴先輩はわざとらしく触れ合うようなスキンシップを重ねてくる。


「な、や、やめてください!」
「えー、ヤなの?」
「心臓が、もちません……!」
「んー……じゃあ仕方ないから勘弁してあげる」

そういって私を開放してくれる。離れてしまうってなると、ちょっと寂しい。


「そうだ、こんなことしたかったんじゃないや」
「?」
「差し入れ!持ってきてくれないわけ?」
「???」

差し入れ、差し入れ。帰宅部の私に、何かすべきことがあったのだろうか。約束もした記憶はない。

「からあげ持ってきてくれるの、ずーーっと待っているんだけど」
「えっ私が?」
「かのえちゃんに言ってたでしょ?」
「あれは一般的な話かと、」
「俺がかのえちゃんにもらいたいって話だったの!」
「す、すみません……!」

そんな言い方だったろうか。違った気もするけど、鳴先輩が言うならその通りに決まっている。私が悪い。

「なら今度、持っていかせてください」
「練習試合の時がいいなー」
「じゃあ来週、準備します」
「……野球部の予定、把握してんだね?」
「……!」

言われて気付く。これじゃあストーカーだ。いや、実際問題、多田野に頼んで野球部の日程表を確保しているのでストーカーなのかもしれない。

「こ……これはですね、多田野と話しておりました流れで偶然知りまして、」
「別にいいけどー」
「いや本当に偶然!偶然にも多田野が世間話で喋りまして!」
「ねえ、」

鳴先輩が呼び掛けてくれたので、言い訳をやめる。ああ、どうしよう怒られる……!

「多田野のおかげで知るのもいいけどさ、」
「……はい」
「あいつバカだから、外部にもらしていいこと分かってないんだよね」
「……はい」
「だから多田野に色々聞かないこと」
「……はい」
「それに、俺から直接聞けた方が嬉しくない?」
「……はい……えっ?」


にっこり笑った鳴先輩が、こちらを見る。


「だーかーらー、俺が教えてあげる方が嬉しいでしょ?」
「それは、多田野なんかよりもよっぽど」
「じゃあ連絡先教えて」
「えぇっ!?いやいやいやいやわたくしめが鳴先輩にそんなお手間を、」
「暇な時にしか連絡入れないからいーよ」
「し、しかし!」
「ヤなの?」

ちょっとしょんぼりしてそんなことを聞いてくる鳴先輩。ヤなわけない。

「ヤなら止めるけど……」
「い、いやじゃないです!」
「じゃあ交換〜スマホ貸して」
「は、はい!」

自分のケータイくらい自分で操作できるのに、鳴先輩に手を差し出されたので思わず渡してしまう。

「アプリ開くよ〜」
「どうぞ!」
「……」

鳴先輩は自分の連絡先を入力してくれている……のかと思いきや、その指はどうみてもシャカシャカとスクロールしている動きだった。

「あ、あの」
「ふーん、結構男と連絡取ってんだね」
「そそそれはっ!」

まずい。すごくまずい。私がやり取りしているのなんて、鳴先輩の情報をくれる野球部や、鳴先輩の写真を譲ってくれる新聞部ばかりだ。
内容を見られると、まずい。

「あ、樹もいるじゃん」
「あー!ちょっと待ってくださいそこだけはっ!」

一番まずい相手に気付かれてしまう。いかんせん、外部にもらしていいどころか、鳴先輩の隠し撮りを送ってもらっている。流石にまずい。


「そんなに見られたくないの?」
「そ、それはもう!」
「樹とのやり取り、俺には話せないわけ?」
「いや本当にすみませんがそこは、その、」

プライバシーと言いたかったが、鳴先輩のプライバシーを暴きまくっているやり取りなので、流石に口にできなかった。

「……やっぱいいや」
「えっ」
「充分楽しそうだし、連絡先教えてあげない」
「え、あ、あのもしかして内容を、」
「べっつにー?樹とどんなやり取りしてるかなんて興味ないし」

そういって私にケータイを返してくれた鳴先輩。最後に送られてきていたメッセージが既読になっていないので、本当にみていないんだろう。ほっと息をつく。



「……ねえ、」
「は、はい!」
「残念じゃないの?」
「?」
「せっかく俺と連絡先交換するチャンスだったんだよ?」
「そ、うですね」

確かに鳴先輩に憧れてはいるが、私は鳴先輩とどうにかなりたいわけではない。むしろ連絡先を交換しても、どうしていいのか分からない。いうなればそう、ファン。ファンの心理である。

「かのえちゃんはさあ、」
「はい」
「俺のこと、どう思っているの」
「どう、とは」
「だっていつもずーーーっと遠くから見てるじゃん」
「なっ!?」
「俺視力いいから2階にいても見えるからね」

2階。私の放課後の特等席。野球部のグラウンドが、一番よく見える。まさか、まさかまさか、バレていただなんて。



「すすすみません!練習の邪魔をっ!」
「いやいや、邪魔になりようがないよね。あんなとこいても」
「私の視線が!」
「まー、めっちゃ見てるなーとは思ってた」

やっぱりバレているではないか。どうしよう。完全なるストーカーとしか思えない行動だ。いや、実際そうなんだけど。


「の割に全然近くでは見に来ないし。どっかの偵察?」
「っ違います!」
「ならなんであんなとこから」
「……近くには、やっぱり私みたいなファンよりも、相応しい人がいるべきだと」

鳴先輩の素晴らしさはもっと知れ渡ってほしい。だから私なんかより、スカウトの人や球団関係者の人がいるならばその人たちに是非とも良い場所で見てほしい。


「ファンなんだ?」
「えっあ、はい!」
「俺の?」
「は、はい!」
「じゃあ連絡先ほしいでしょ」
「それは、……推しと接触したいとかそういうものは私には少々、」
「えーわけわかんない!推しってアイドルとかに言うやつ?俺推されてんの?」
「最推しです!」

力強く返事をする。鳴先輩が、ちょっとびっくりしている。引かれたかな。


「……あ、じゃあさ、」
「?」
「俺からの連絡、俺からのファンサービスだと思ってよ」
「へっ?」
「しょーもない連絡たくさんしてあげる!ほしくない?」
「そ、それは……っ」


ファンサ。そう言われると、急にほしくなる。推しがアイドルならこれは一線超えるような大問題だが、同じ高校生ならそれをファンサと呼んでもセーフかな。セーフなのかな。



「あと、写真とたまに送ってあげる」



ぐっと息がつまる。そんなの、そんなの――


「……ほしいです……っ!」


今日一番の大きな声で返事をすれば、鳴先輩は満足そうに笑って、私のケータイを再度とりあげた。ぽちぽち操作してくれて、返ってきたケータイをみるが、連絡先は増えていない。



「最初は俺から送るから、ドキドキしながら待ってて」



もう、充分ドキドキしております。何日でも何カ月でも待ってみせます。
そんな心構えでいたのだが、その日の深夜には最初のファンサが送られてきて、私は飛び起きることになるのだ。

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