▼ 梅雨前の御幸くん
「はー……雨やだ、髪さいあく」
「まったくだ」
後ろから2番目の、窓際席。横を向きながらそう呟けば、1番後ろの御幸くんが返事をくれた。
「……?」
「なんだよ」
「御幸くんってヘアスタイル気にするの?」
「髪じゃなくて、雨やだってのに同意したんだよ」
「あ、うん、だよね」
「それは俺の髪型に失礼だろ」
確かにそうかも。しかしこれが倉持くんならいざ知らず、御幸くんだ。年がら年中ぼさぼさ頭なんだから湿気の心配をしているとは思えない。
「ごめんごめん、御幸くんも髪セットしていたんだね」
「無造作ヘアって言われた」
「つまりしていないんだね」
「糸ヶ丘は頑張っているよな」
「えへん」
ボサボサを抑えるため、いつも以上に頑張ってきた髪型だ。他人に興味なさそうな御幸くんに指摘してもらえると嬉しい。
「女って大変だな」
「男でも倉持くんは頑張っているじゃん」
「あれは例外」
「あと渡辺くんもサラサラだし」
「あれは特別」
「例外じゃなくて?」
「髪質が特別」
「なるほど」
何もせずにあの髪なのか。羨ましい。小さくため息をついてしまう。
「はやく梅雨終わらないかなあ」
「まだ梅雨入りしてないぞ」
「えっこんな雨なのに!?」
「ま、そろそろ入るんじゃねえの」
つまり、まだ雨は続くらしい。なんならそろそろ終わるかと思っていたくらいなのに。
「はやく夏にならないかなあ」
「もう夏みたいなもんだろ」
「夏はまだだよ!夏はもっとカラッと!ジリジリと!」
「それもそうだな」
「野球部の応援も晴れた日がいい!雨天順延とかさせないでね!」
「俺に言われても」
それもそうだ。でも口にした方が願いは叶う気がするし。
「御幸くんだって晴れた日のがいいでしょ」
「そりゃな」
「なら二人で祈っておこう」
「てるてる坊主でも作るか?」
「えー何それかわいい。作らない。」
「即答かよ」
ケラケラ笑って、外を見ながら両手を合わせる。こんなくだらないことに付き合ってくれる男だったなんて、去年までは知らなかったな。てるてる坊主作ろうともするし。
「あ、糸ヶ丘」
「ん?」
「さっき言いそびれた」
「何が」
「応援、来てくれるつもりらしいから」
「そりゃ行くでしょ」
「うん、ありがとうな」
わざわざ話を戻してまでお礼を言ってくれる御幸くんに、目を丸くしてしまう。
「……ま、御幸くんが晴らせてくれたらだけどね」
「おー晴らす晴らす」
「頼んだよ」
「任せろ」
そうこう言っていると、外が静かになる。お、雨が上がった。
あーあ、早く夏が来ないかなあ。
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