小説 | ナノ


▼ 夏前の沢村くん

「糸ヶ丘は明日も来てくれるのか?」

授業の準備をしていたら、背後から突然そんなセリフが聞こえた。あまりにも急だったけれど、私に話しかけているんだよね。

「行くよ」
「おー!ありがとな!」

振り向き返事をすれば、沢村くんはしっかりとした笑顔を向けてくれる。

「そろそろ決勝?」
「なんの!まだまだ夏は長いぞ!」
「大変だねえ」

あんな暑い中、大きな声出して運動できるものだ。座って見ているだけでもふらつくこともあるのに。

「そうだ、この間言っていたグミあげる」
「おー!これが例の美味しいグミか!」
「これ食べてカロリー補給して」
「ん!ん!」
「食べてから返事して」

歯ごたえのあるグミが好き、なんて世間話を思い出したのは昨日コンビニへ寄った時。沢村くんにあげようと買っていたのに忘れていた。

「……うん!美味かった!」
「それは何より」
「これで明日も頑張るぞ!」
「うん」
「決勝も勝つぞ!」
「うん」
「甲子園でもバンバン活躍するから!」
「……グミのエネルギー持ちすぎじゃない?」

いくらお菓子とはいえ、そこまでのカロリーはない。というか、開封したらさっさと食べきってほしい。

「と、ともかく甲子園まで行くから!」
「応援しております」
「ちゃんと来いよ!」
「はいはい」
「糸ヶ丘も倒れないように栄養摂るんだぞ!」
「はーい」
「返事が雑!」

だんだん私の返答がいい加減になっていることに気付いてしまったらしい。グミを食べてにこにこしていた沢村くんの口角が下がっていく。


「まだまだ夏は終わらないんだからな!」


フンと鼻を鳴らす沢村くん。そうだなあ、まだ予選も途中だし、すごく強いらしいチームも残っていて、決勝まで行けば都のプリンスがいる高校とも当たるかもと聞いた。


「大丈夫だよ、きちんと最後まで観に行くから」


これでも8月の予定は丸っと空けてあるんだよ。そう言いながらケータイのカレンダーアプリを見せれば、ようやく満足したようで沢村くんは笑った。

じんじんと暑い。セミも鳴き始めた。沢村くんもうるさい。


夏はまだまだ、これからだ。

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