小説 | ナノ


▼ バレンタイン前の倉持くん

「糸ヶ丘はバレンタイン作るのか」
「突然どうしたの倉持くん」

休憩時間、前に座る倉持くんが突然そんなことを言う。

「ほら2月だし」
「2月ですね」
「いや、なんとなく聞いただけで」
「まあ、作るかもですね」

「……へー」

倉持くんからの質問に答え切ったというのに、彼は雑な返事をして止まってしまう。何なんだ。

「何? ほしいの?」
「そ、それは」
「要らないなら早めに言ってよ、余らせちゃうから」
「つまり作ってくれる気だったわけか?」
「うん」

そして、また倉持くんは黙る。面倒くさいな、別の話題振ってもいいかな。

「それよりさ、昨日幸子が「作るのって、」
「うん?」
「バレンタイン」
「話まだ続くの!?」
「悪ぃか」
「わ、悪くないです」

そういえば、人相ひどいんだった。元ヤンとの噂がある倉持の表情に負けながら、私は会話を続ける。

「作るのはマフィンの予定です」
「全員か?」
「はい」

「梅本も?」
「はい」

「御幸にも?」
「はい」

「ゾノにも?」
「は……いや、前園くんは渡さないかな」

一年生は同じクラスだったけど、今はそこまで絡みもない。それを言えば少しだけ眉間が緩まった。

「倉持くん、これは何の確認なの?」
「……何でもねえ」
「あ、もしかしてマフィン苦手?」
「苦手じゃない、けど、」
「ならクッキーにしようかな、一気にたくさん作れるし」
「あー……じゃなくて」

何かを言おうとしている。そう思った私は、黙って倉持くんを見る。唸っていた彼の口から、ゆっくりと言葉が零れた。

「……別の作ってほしい」
「クッキーのがいい?」
「じゃなくて」

何を言いたいか、一つ一つ聞いていく。私の察しの悪さと、倉持くんのコミュニケーション能力には、丁寧な会話が必要だ。

しかし。

「俺だけ、別の作ってほしい」


ここまで言われて、分からないほどバカではない。


「えと、それは」
「あーーー悪い、忘れてくれ」
「忘れていいの?」
「っ!」

突然の発言に動揺しつつ、こんなこと言ってくれる倉持くんなんてもう見られないかも。そう思った私は、逆にグイグイ尋ねた。

「……作れそうだったら、覚えていてほしい」

先ほどまでとは違い、素直な返事がきた。少し顔が赤い。目つきは悪いけど、こうなると結構かわいいかも。

「作れそうだったらね」

私自身、倉持くんをどう思っているか分からない。でも、気合いを入れたお菓子を一人分作ろうと思ってしまうくらい、ときめいてしまったのは事実である。

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