小説 | ナノ


▼ ホワイトデーの成宮くん

「お返し、何がいい?」


成宮くんからそんなことを聞かれたのは、三月に入ってすぐのことだった。

「お返し?」

隣のクラスからやってきた彼は、我が物顔で私の前にある山岡くんの席へ横向きに座る。

「バレンタインの」
「返す気あったんだ」
「俺を何だと思っているんだよ」

ぶっちゃけ「貰ってそれきり」なタイプだと思っていた。他校の女子からも貰っていたらしいし。何なら寮にも届いたとか何とか。

「去年はどうしていたの」
「クッキー配った」
「クッキーならツナガリってお店のが食べたい」
「何それ」
「兵庫県のクッキー屋さん」

クッキーと言われ、前に名前を聞いた店名をあげるも、成宮くんはべぇ、と舌を出してくる。

「兵庫は夏まで行く予定ねえよ」
「それは残念」

せっかくなら普段買えない物がよかったのに。仕方ないから、次の夏に成宮くんの応援がてら買いに行こうかな。なんて考えていたら、成宮くんはまた同じ質問を繰り返してきた。

「で、何がいいの」
「別にクッキーなら何でも好き」
「なんでクッキーにこだわるのさ」

なんでって言われても。

「他の人にも渡すんでしょ?たくさん買うならクッキーで妥当じゃない?」

そう伝えれば、成宮くんの眉間がキュッと寄る。しまった、何だか不機嫌になってしまった。これは面倒だぞ。

「……俺が頼んだの、」
「ん?」
「チョコほしいって頼んだの、お前だけだよ」

鼻の上の皺はそのままに、だけどとんでもないセリフを言ってくる。うぬ惚れそうになるけれど、成宮くんの表情があまりにもイライラ丸出しだから、どうも甘い雰囲気になる気配がない。

「……ならマドレーヌとは?」
「そうじゃなくて」
「マフィン?」
「食って無くなるやつは駄目」

軽くて持って来やすい物を選んであげているというのに、ことごとくケチを付けられる。なんなら他のお返しと一緒に買える点まで考えている私の優しさを感じ取ってほしいくらいなのに。

(なんでもらう私が悩まなきゃいけないの)

考えてみれば、そもそもお返しする立場の成宮くんが偉そうにリクエストしてくるのもどうなんだ。そう考えるとこっちの眉間も皺が寄りそうになって、気遣いゼロの物を告げる。

「じゃあ花ちょうだい」
「……花?」
「うん。最近部屋に鉢で飾っているの」

ふと思い出す。食べ物でもなく、私がちょうど欲しい物。重いし嵩張るし、おまけにギリギリに買わないと枯れちゃうし。一番面倒であろうリクエストに、どんな表情をするかとしたり顔で正面を見る。しかし。

「分かった」

成宮くんもまた、ニッと笑って頷いた。


***


「糸ヶ丘、鳴からお返しもらったか?」
「もらったよ神谷くん」

そういって、既に破られたビニールを見せる。昼休みだったから、おやつとして食べてしまった。神谷くんはいつぞやの成宮くんと同じように、山岡くんの席へ横向きに座る。

「……なんだそれ」
「クッキー。もう食べちゃったんだけど」
「ん?」
「兵庫県のお店でね、」
「いや店の説明がほしいんじゃなくて」

ならどういうことだ。私が首を傾げれば、神谷くんの同じように顔を動かす。

「あ、もしかして鳴あいつ」
「?」

「ちょっとカルロ!何してんの!」

言っていれば、話題の人物が現れる。こんな昼休みに息を切らせて、ぜぇぜぇと言いながら私たちの元へと歩いてきた。

「カルロそこ俺の席なんだけど」
「成宮くん、そこは山岡くんの席だよ」
「いいからカルロどいて」
「はいはい」
「あっち行って!」

可哀想な神谷くんは、成宮くんに言われるがまま席を立って、そして廊下へと行ってしまった。理不尽な扱いに憐れみの視線を送ったが、なぜか神谷くんは楽し気に口角をあげている。

「じゃ、頑張れよ」
「うっせぇ」

どちらに対する応援の言葉なのか分からなかったけれど、成宮くんがすぐに反応したから、どうやら彼に対するセリフだったらしい。

「で、成宮くんはどうしたの」

せっかく空けてもらったのに、山岡くんの席に座らない。私の隣に立ったまま、成宮くんは口をもごもごさせている。

「……お返し、渡そうと思って」
「クッキーもらったよ」
「それ、違う」
「えっ!?もう食べたんだけど!」

間違えたと言われても手遅れだ。焦る私を見て、成宮くんも矢継ぎ早に言葉を被せてくる。

「あーそうじゃなくて」
「何が!?」
「クッキーは姉ちゃんに買ってきてもらったから、ついでに渡しただけで」
「……私が食べてよかったってこと?」
「そ」
「ならよかった」

私のせいでお返しを貰えない女子が、なんてことにならなくて助かった。ほっと胸をなでおろしているが、成宮くんはまだもごもごとしている。

「これ」
「ん?」
「……花、買ってきた」

今更気付いたが、成宮くんは片手に縦長い紙袋を持っている。それを私の机の、鞄がない方のフックにかける。覗き込めば、数本の赤い花。

「……薔薇?」
「ちょ、声大きい!」
「(成宮くんのが大きい)」

私の視線で察したのか、また山岡くんの席へかけ、この間よりも近い距離で私に話しかけてきた。

「……花屋行ったら、鉢はサイズが分からないって言われて」
「あ、言ってなかったか」
「どんな相手かって聞かれて、それならこれって勧められて」
「……それは分かるけど」

確かに、ホワイトデーのお返しということならそうなると思う。おまけに買いに来たのが都のプリンスだ。彼の人気っぷりを知っていれば、他にも山ほどお返しがあると察せられるだろうから、鉢植えなんて邪魔な物持たせるわけにはいかない。(私はリクエストしちゃったんだけど)

しかし、問題はそこじゃない。

「これ、ワイン入れる紙袋だよね?」

机にかかった紙袋を見る。すっぽり花が隠してしまうそれは、花屋の物ではなかった。

「……本当は透明の袋だけだったんだけど」
「ほんとだ、中にある」
「そのまま持って行こうとしたらカルロに茶化されたから急いで買ってきた」
「お返しなら照れないでよ」

花をリクエストしたのは私だし、何か言われたら説明すればいいのに。というか、茶化されて隠したがるってことは、つまり成宮くんはやっぱり私にどうこう感情を持っているわけではないのかも。勝手に期待したのはこちらなのに、隠されて少しショックを受ける。

「だ、だって俺も知らなかったし」
「何が?」
「……花とか買ったことないから!マジで意味とか何も知らないから!」
「え、いやだから何が、」

私の声を無視して、成宮くんは勢いよく立ち上がり、山岡くんの椅子を戻さず教室から出て行ってしまった。呆然として見送って、冷静になってからまた紙袋を覗き込む。

(そういえば、薔薇って本数でも花言葉変わるんだっけ)

サイズの合っていない紙袋に詰め込まれた薔薇を数え、その数字を検索する。画面をみた私は、また固まってしまった。


成宮くんは意味なんて知らないって言っていた。だけど、先ほどの会話を思い出す。

(花屋さんに私のことを”どんな相手”って言ったんだろう)

考えてみれば、”去年同じクラスだっただけの女友達”とか何とか言われたとしたら、薔薇なんて勧められないはずだ。それに、やっぱり私以外にはクッキーを配り歩いているようだった。

――チョコほしいって頼んだの、お前だけだよ

軽く流してしまった、彼の言葉を思い出す。やっぱりこれは、うぬ惚れてもいいのかもしれない。検索したケータイを握りしめたまま、私は赤い顔を隠すように机に突っ伏してしまっていた。

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