小説 | ナノ


▼ 21

目が覚めると、見知らぬ天井。ぼんやりした頭で思い出す。

(――そうだ、登校中に車とぶつかったんだ)

気付いた時には倒れていて、周囲の人が救急車を呼んでくれていたのが最後の記憶。安心してそのまま寝たんだっけ。
今見てみると、どうやら結構大きな事故だったのかもしれない。利き手に巻かれた包帯を見て、少しだけ震えた。

だけど、それ以上に私が驚いた光景が視界に飛び込んでくる。

(……なんで居るの)

病室の隅、座りにくそうな丸椅子で、器用にバランスを保って寝ていた男に、私は声をかけようとする。しかし、ぐっすり寝ている様子と、空の暗さを見て思いとどまった。

「げ、もう夜じゃん」

ケータイを見れば、もう授業どころか部活ですら終わっている時間だ。そしてたくさんの連絡が入っている。とりあえず自分の状態を確認してからにしよう。通知は未開封のまま、ケータイを置いた。



「……かのえ、起きたか」
「お父さん?」

扉を開けて入ってきた父に、また驚いてしまう。

「出張は?」
「娘が大変なのに、仕事どころじゃないだろう」
「あー……ごめんね」

出張は明日までだったはず。節々は確かに痛いけれど、腕以外は問題なさそうなだけに、申し訳なくなって謝罪を入れた。だけど父は、眉を下げて首を横に振る。

「そういう時は、謝るもんじゃない」
「だけど」
「かのえはもう少し図々しくなった方がいいぞ、洋一みたいに」
「そういえば、なんでいるの」
「ああ、それはだな」

誰が、を飛ばしてしまったけれど、父はすぐに理解してくれる。そして説明してくれた。事故の様子も、兄がなぜいるのかも。


「……ということで、父さんは一度家に帰るよ」
「分かった」
「洋一が起きたら寮へ連絡するよう伝えてくれ」
「うん」
「それと、次の春こそ顔出せよって」

最後に付け加えられた伝言に、私は少し笑って頷く。さあて、このチーター様はいつ起きるのかな。


***


ゴンッ

「〜〜っ!!」

壁に頭を打った衝撃で目が覚める。叫び声を堪えながら頭を抱えれば、小さな笑い声が響いた。

「……ふふっ」
「……んだよ」
「ううん、器用に寝ていたなーって」
「うっせえ」

いつの間に目が覚めていたのか、上半身を起こしたかのえが俺をまっすぐ見据える。固い椅子から尻を浮かせて、かのえに近いところへと移動した。

「腕、痛むか」
「ううん。でも利き手だからなあ」
「ノートなら瀬戸にでも頼め」
「左手の使い方、教えてくれないの?」

厭味ったらしく言ってくる。結局フォームを見るってのも忘れていたし、喧嘩したからそれどころでもなくなってしまった。

「鉛筆は無理だっての」
「じゃあ浅田くんにでも頼むかな」
「沢村も喜んで教えてくれるぞ」
「沢村先輩か……ふふっ」

突拍子もなく笑い始めるかのえ。ちょっと気味悪くて引いた顔していたら、もう、と言って左手で俺を叩こうとしてくる。

「どうしたんだよ、突然」
「あのね、この間あだ名付けてほしいって言ったんだけど」
「マジで頼んだのか」

改めてコイツのコミュニケーション能力の高さにビビる。本当に俺の妹なのかと思っていれば、ちょうどそのタイミングでまたケータイが鳴った。そういえば俺が寝入る前も、ひっきりなしに鳴っていたっけな。

「あ、瀬戸くんだ」
「返事してやれ」
「むしろそっちはいいの?練習サボちゃったけど」
「あー……戻ったら走り込む」

睡眠は充分取ったから、その分夜に遅れた分を取り戻す。だけどその前に、諸々の問題を解決しないと。

「かのえ、あのな、」
「瀬戸くんから聞いたよ」
「は?」

「十年前、私になんて言ってほしかったの?」

まっすぐこちらを見てくるかのえは、もう茶化すような顔をしていない。あんにゃろう、コイツに言うなんて。だけど切り出す勇気がなかなか出なかったから、結果的には助かった。まだ正面みて言えない俺は、視線を落として、ようやく言葉を絞りだす。

「……かのえは、俺と離れても平気だったのか」

俺が引っかかっていたのは、これだ。

両親が離婚することになって、どちらかへ兄妹一緒に付いて行くもんだと思っていた。なのにかのえは俺と分かれることを選んだから。

「父さんも母さんも忙しいから、お前は俺にベッタリだったのに」

何かあるとすぐ俺を呼んでいたのに。先に小学校へ上がった俺をみて、泣き喚いていたのに。そんなかのえが、しれっと俺がいない道を選ぶなんて、信じられなかった。

(だから俺は、十年経っても悔しがっている)

俺が十年かかってようやく絞り出せた問いに、かのえは――悩むことなく返事した。

「え、普通に寂しかったけど」
「……は?」

かのえはキョトンとした顔をして、さらっと言ってのける。

「小学校に行く時だって私寂しいって言ったじゃん」
「え、いや、だけど」

「お父さんに付いて行ったのは、誰かが一人になるの可哀想だからだよ」
「でもお前っ!」

「……家族が一人で居たら駄目なんでしょ?」

かのえに言われて、ハッとする。そうだ、俺が小学校に上がってすぐの時、両親が仕事でかのえが一人になってしまう時があった。


「なんでかのえを一人にするんだよ」

父の出張と、母の出勤が被ってしまった事があった。あの時の母は不定期で働いていたけれど、ちょうど忙しい時期だったらしい。平日の昼に、どうしても外せない仕事ができてしまったようだ。

「一人じゃないわよ、隣のおばさんに見てもらうから」
「おばさんは他所の人だろ」
「洋一の産まれた頃も知っているくらいの他所の人、ね」

あんたのおしめだって替えてくれたことあるんだから。そう言って、俺の文句なんて気にせずに、せっせと仕事の準備を進める母親。父さんはもう仕事に出た後だ。

「お兄ちゃん」
「あ?」
「私、おばさんのこと苦手じゃないよ」

俺の腕を引っ張るかのえ。俺よりもよっぽど気を使っている。だけど。

「家族なんだから、誰かはかのえと居てやらねえと」

母さんも父さんも、俺もいない。かのえはこの日、はじめて一人になる。大人しいやつだけど、それでも丸一日誰ともいないなんて、俺が心配してしまう。

「……洋一、あんたの言いたいことは分かるけど」
「小学校は休む」
「ちょっと、あんた何言ってんの」
「かのえが一人きりになるなら、俺学校休む」

馬鹿言ってないの。そういって母さんは俺の頭を小突いた。それだけして、またバタバタと自分の準備にと洗面台へ向かってしまう。かのえは呆然としながら、俺を見ていた。

「お兄ちゃん、私大丈夫だよ」
「つっても、また泣いたりしたら、」
「学校終わったら帰ってくるよね」
「あ? そりゃそうだろ」
「なら大丈夫」

自慢気な顔で、言ったかのえの顔。それはハッキリ覚えていた。だけど、

あの時かのえがなんと言っていたのか。

「あ、」

俺は今になって、ようやく思い出した。

「……”ずっと離れるわけじゃないから大丈夫”って、あの時も言ったのに」
「……悪ぃ、今思い出した」

わざとらしく肩をすくめるかのえに、俺はまた頭を下げる。そうか、かのえは俺と会えなくても平気だから父さんに付いて行くことを決めたわけじゃない。

「面会あるから、春になれば会えるって聞いていたの」

それに、休みが合えば春じゃなくても。だからかのえは安心して父さんの元へ行ったんだ。意地を張って、年一回の面会すら逃げていた自分を殴りたい。

「なのに翌年になっても兄は現れず?」
「……それはだな」

「久しぶりの再会もまた殴られそうになって?」
「……悪かった」

「あーあ!これはプリンじゃ許せないかなー?」

プリンで仲直り。まるで小さい頃のような解決策を提案してくるかのえ。

「お前なあ、ガキじゃないんだから」
「なら高校生になった倉持先輩は何を奢ってくれるの?」
「……倉持先輩は他部の女子とメシなんて行かねえよ」

倉持先輩、なんて呼ばれ方されたのが気に食わなくて、また口悪く言ってしまう。かのえもそれを承知でわざと呼んだらしい。ケラケラと笑う姿は、昔と何ら変わらなかった。

「ならラーメンでも奢ってよ、お兄ちゃん」

そういいながら笑うかのえの顔は、眉が少し下がっている。いつだったか、御幸に指摘された自分の笑い方を思い出した。まったく同じような笑い方をしているかのえに、俺はわざとらしくため息をついてから返事する。

「仕方ねえな」

同じような顔を向けて、そう言ってやる。かのえが折れた腕で抱きついて来ようとしたから、それは本気で叱ってやった。

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