小説 | ナノ


▼ 20

「悪かった」

倉持と食堂で言い合った翌日、教室でようやく顔を合わせた。しかし、朝一番から声をかけられるとは。

「意外だな」
「何が」
「倉持が素直に謝るの」
「うるせえよ」
「ま、言う相手が違うけど」

俺が嫌味たらしくいえば、それも承知のようだ。倉持はしっかり頷いた。

「分かっている」
「早いうちに謝れよ」
「ああ」
「明日図書委員の時に、糸ヶ丘さんへ確認するからな」

しつこく聞くも、倉持は素直に頷いた。いつもなら怒ってくる流れなのに、随分と様子が違う。

「今日の昼休み、ちゃんと謝ってくる」

うだうだと延ばすつもりもないようだ。潔い態度をみて、俺はこれ以上なにも言えないなと黙って倉持を見た。

「……なんだよ」
「いや、素直だなと思って」
「悪ぃか」
「素直ついでに聞いてもいいか?」
「あ?」
「お前と糸ヶ丘さん、結局どういう仲なんだ」

この二人が仲良くしていることは、二人ともと喋っている俺が一番分かっている。それにしたって、短期間で随分と親しくなったものだ。

「どうもこうも」
「俺の知らないとこで随分仲良くしているようだし」

糸ヶ丘さんは人懐っこいタイプだから分かるけど、相手はあの倉持。後輩どころか、クラスの女子ともまともに喋る機会ない癖に。

「あー……ひと段落したら言う」
「は?」
「……んだよ」
「え、マジで何かあるわけ?」

ふざけて、というか、本気なわけではなかったのに、まさか肯定されると思わなかった。俺の反応は予想していたのか、倉持は小さく息を吐いて、また言葉を続ける。

「お前の心配しているような間柄ではねえよ」
「じゃあどういう?」
「……いや、むしろこっちのが御幸嫌がりそうだけど」

倉持の肩を掴んで揺さぶれば、本当に迷惑そうな顔をしてそう言ってくる。だけど引くこともできない。

「どういうことだよ、言えよ」
「まだ言わねえって」
「いいじゃんか今でも!教えてくれよ!」
「うぜえな離せ」

倉持のいう”ひと段落”がいつなのか分からないからだ。下手すりゃ一生言われないかもしれない。しつこく揺さぶっていれば、何やら神妙な表情をした教師が扉をあけた。

「ん? あれ保健室の先生じゃねえの」
「本当だ、めずらしいな」

普段見ない顔のその人に、近くに居た女子が声をかけていた。

「先生どうしたのー?」
「陸上部のキャプテン、こちらにいますか」

確か、養護教諭の先生だ。保健室で見た記憶がある。陸上部、という単語を聞いて、他の部員たちも先生に近づいていく。

「私です、何かありましたか」
「実は一年生の糸ヶ丘さんが事故にあって」

ざわ、と教室が騒がしくなる。俺の手元にいた倉持も、固まるのが分かった。

「かのえちゃん!?大丈夫なんですか!?」
「幸い命に別状はないのだけれど、」
「けど?」
「親御さんと連絡が取れないの」

事故だなんて、そんな話を大っぴらにするとは。そう思ったのだが、連絡が取れないために情報がほしいということか。ともかく急いで、糸ヶ丘さんの家族と連絡を取れる人を探したい様子だ。

「かのえのケータイからは?」
「それが、まだ意識戻らなくて」

その言葉を聞いて、また教室がざわつく。意識がないって、よっぽどの事故なんじゃ。
焦った様子で陸上部の面々が顔を合わせて相談し始めた。他の一年生にも連絡を入れているようだ。

「かのえちゃんのお父さん、確か今週出張なんじゃ」
「私家知っている、見てこようか」

ざわついている陸上部の輪に、立ち上がった倉持がふらふらと寄っていく。

「お、おい倉持」

俺の声なんて聞こえていない様子で、倉持は先生の腕を掴んだ。

「……かのえはどこの病院ですか」

突然現れた倉持に、先生が驚いている。そりゃそうだ、部活どころか、学年まで違う生徒が割り込んできたのだから。

「どうしたの、倉持くん」
「どこの病院かって聞いているんだよ」

威圧的な態度に、小柄な先生が震えるのが見えた。俺も急いで立ち上がり、倉持を引きはがそうとする。だけど倉持はまっすぐに先生を見たままだ。

「流石に病院は教えられないわ」
「……かのえの父親には俺が連絡いれる」
「おい倉持、何言って、」
「っつーか意識ないってどういうことだよ……っ!」
「倉持、落ち着けって」

俺の言葉はまったく耳に入っていない。倉持は一方的に先生へ問い続ける。だけどこんな無関係の生徒に言えるはずもない。先生も困ったようで、ハッキリ注意してくれた。しかし。

「あのね倉持くん、詳しいことはご家族にしか、」

先生の言葉を遮って出てきた倉持の発言は、予想だにしていないものだった。


「――かのえは俺の妹だ」

prev / next

[ back to top ]



×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -