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「悪かった」
倉持と食堂で言い合った翌日、教室でようやく顔を合わせた。しかし、朝一番から声をかけられるとは。
「意外だな」
「何が」
「倉持が素直に謝るの」
「うるせえよ」
「ま、言う相手が違うけど」
俺が嫌味たらしくいえば、それも承知のようだ。倉持はしっかり頷いた。
「分かっている」
「早いうちに謝れよ」
「ああ」
「明日図書委員の時に、糸ヶ丘さんへ確認するからな」
しつこく聞くも、倉持は素直に頷いた。いつもなら怒ってくる流れなのに、随分と様子が違う。
「今日の昼休み、ちゃんと謝ってくる」
うだうだと延ばすつもりもないようだ。潔い態度をみて、俺はこれ以上なにも言えないなと黙って倉持を見た。
「……なんだよ」
「いや、素直だなと思って」
「悪ぃか」
「素直ついでに聞いてもいいか?」
「あ?」
「お前と糸ヶ丘さん、結局どういう仲なんだ」
この二人が仲良くしていることは、二人ともと喋っている俺が一番分かっている。それにしたって、短期間で随分と親しくなったものだ。
「どうもこうも」
「俺の知らないとこで随分仲良くしているようだし」
糸ヶ丘さんは人懐っこいタイプだから分かるけど、相手はあの倉持。後輩どころか、クラスの女子ともまともに喋る機会ない癖に。
「あー……ひと段落したら言う」
「は?」
「……んだよ」
「え、マジで何かあるわけ?」
ふざけて、というか、本気なわけではなかったのに、まさか肯定されると思わなかった。俺の反応は予想していたのか、倉持は小さく息を吐いて、また言葉を続ける。
「お前の心配しているような間柄ではねえよ」
「じゃあどういう?」
「……いや、むしろこっちのが御幸嫌がりそうだけど」
倉持の肩を掴んで揺さぶれば、本当に迷惑そうな顔をしてそう言ってくる。だけど引くこともできない。
「どういうことだよ、言えよ」
「まだ言わねえって」
「いいじゃんか今でも!教えてくれよ!」
「うぜえな離せ」
倉持のいう”ひと段落”がいつなのか分からないからだ。下手すりゃ一生言われないかもしれない。しつこく揺さぶっていれば、何やら神妙な表情をした教師が扉をあけた。
「ん? あれ保健室の先生じゃねえの」
「本当だ、めずらしいな」
普段見ない顔のその人に、近くに居た女子が声をかけていた。
「先生どうしたのー?」
「陸上部のキャプテン、こちらにいますか」
確か、養護教諭の先生だ。保健室で見た記憶がある。陸上部、という単語を聞いて、他の部員たちも先生に近づいていく。
「私です、何かありましたか」
「実は一年生の糸ヶ丘さんが事故にあって」
ざわ、と教室が騒がしくなる。俺の手元にいた倉持も、固まるのが分かった。
「かのえちゃん!?大丈夫なんですか!?」
「幸い命に別状はないのだけれど、」
「けど?」
「親御さんと連絡が取れないの」
事故だなんて、そんな話を大っぴらにするとは。そう思ったのだが、連絡が取れないために情報がほしいということか。ともかく急いで、糸ヶ丘さんの家族と連絡を取れる人を探したい様子だ。
「かのえのケータイからは?」
「それが、まだ意識戻らなくて」
その言葉を聞いて、また教室がざわつく。意識がないって、よっぽどの事故なんじゃ。
焦った様子で陸上部の面々が顔を合わせて相談し始めた。他の一年生にも連絡を入れているようだ。
「かのえちゃんのお父さん、確か今週出張なんじゃ」
「私家知っている、見てこようか」
ざわついている陸上部の輪に、立ち上がった倉持がふらふらと寄っていく。
「お、おい倉持」
俺の声なんて聞こえていない様子で、倉持は先生の腕を掴んだ。
「……かのえはどこの病院ですか」
突然現れた倉持に、先生が驚いている。そりゃそうだ、部活どころか、学年まで違う生徒が割り込んできたのだから。
「どうしたの、倉持くん」
「どこの病院かって聞いているんだよ」
威圧的な態度に、小柄な先生が震えるのが見えた。俺も急いで立ち上がり、倉持を引きはがそうとする。だけど倉持はまっすぐに先生を見たままだ。
「流石に病院は教えられないわ」
「……かのえの父親には俺が連絡いれる」
「おい倉持、何言って、」
「っつーか意識ないってどういうことだよ……っ!」
「倉持、落ち着けって」
俺の言葉はまったく耳に入っていない。倉持は一方的に先生へ問い続ける。だけどこんな無関係の生徒に言えるはずもない。先生も困ったようで、ハッキリ注意してくれた。しかし。
「あのね倉持くん、詳しいことはご家族にしか、」
先生の言葉を遮って出てきた倉持の発言は、予想だにしていないものだった。
「――かのえは俺の妹だ」
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