▼ 19
コンコンコン――
ノックの音がしたけど、開く気配がねえ。沢村はそんなことしねえし、浅田はノックしたらすぐ扉を開ける。この部屋じゃないヤツだ。
「誰だ」
「一年の瀬戸です」
入ってもいいですか。礼儀正しくそんな確認をしてから、瀬戸がノブを回した。
「すみません、今いいですか」
「構わねえけど……お前、さっき居たよな」
確か浅田と立っていたのを見た気がする。それを指摘すれば、黙って頷いた。分かっていて、わざわざこのタイミングで来るなんて、一体どういうつもりだ。
「浅田はどうした」
「沢村先輩のところに」
「沢村?」
「俺が連絡するまで、戻ってこないはずです」
つまり、五号室は俺だけってことだ。
「瀬戸、お前何しに来たんだよ」
「……糸ヶ丘に」
「あ?」
「糸ヶ丘に、聞きました」
驚き、目を見開く。一体どこまで、何を聞いたんだ。
「……とりあえず、そこ座れ」
「失礼します」
浅田のベッドを背もたれにして、正面に座る瀬戸を見る。俺が何か言う前に、どうしてここへ来たのか喋り始めた。昼休みに、俺とかのえのやり取りを見たことから始まり、その後かのえから聞いた俺たちの関係性まで。
そして。
「糸ヶ丘には気にするなって言われたんですが」
「……あんな言い合いしてたら気にするよな」
食堂のやり取りを見て、駆けつけてきてくれたようだ。新入生にまで心配かけて、情けなくて頭を抱える。
「悪ぃな、気遣わせて」
「俺は何も。ただ……糸ヶ丘が心配しますよ」
断言する言い方に、俺は違和感を覚える。今日の出来事を見てしまったとはいえ、瀬戸は一体かのえとどういう関係なんだ。
「……かのえは気にしねえよ」
「そんなこと」
「今まで十年、俺のこと気にしてなかったんだから」
瀬戸の返事が止まる。ああもう、こんなこと後輩に愚痴るつもりなかったのに。
「……俺さ、仲良い兄妹だと思っていたんだよ」
だけどどうしても誰かに愚痴りたくなってしまった。多分、一年生の中でもこいつは頭がいい方だ。それが分かっているせいで、言葉を止められない。
「俺は地元離れたくないから母さんに付いて行くってすぐ決めたんだ。それは、かのえも同じだと思っていた」
「だけどアイツ、親父と行くって決めて、」
十年間、ずっと引っかかっていたことを言葉にしていく。最近振り返っていたからか、思いのほかすらすらと出てきた。
「かのえがひとりだと寂しがるかと思って、それなら俺も親父に着いていこうかって聞いたんだよ。そしたら――」
「お兄ちゃんはお母さんと居てあげて」
「なんでだよ」
「だって、誰かが一人になると可哀想でしょ」
かのえの言いたいことは分かった。両親は喧嘩したわけじゃないっていうなら、その選択もある。だけど、俺が聞きたいのはそうじゃなかった。
「親がどうこうじゃなくて、かのえはどうなんだ」
小学校に上がったばかりだったのに、かのえは聡かった。だから自分の意見よりも、家族としてどうするのが正解かを考えていた。
それでも俺は、かのえがどうしたいのか。それを知りたかった。だけどかのえは、下唇を噛んで、また同じ言葉を繰り返すだけだった。
「私はこれが一番いいと思っているし、そうしたい」
「……つーわけだよ」
俺の声が、五号室に響く。一通り聞いた瀬戸は今聞いた話を頭ん中でまとめていて、俺はどうしたらいいのか分からず黙っている。先に口を開いたのは、瀬戸だった。
「……倉持先輩は、糸ヶ丘がどうしたかったと考えていますか」
「あん?」
「糸ヶ丘が本音黙っているって思うなら、何となく予想ついていたんじゃないかって」
予想、って言われると難しい。ただ単に、かのえが下唇を噛む――隠し事をする癖を見せていただけだ。
「本音隠しているのは分かったけど、内容までは分かんねえんだよ」
「なら……なんて言ってもらいたかった、とか」
ありますか。瀬戸の声が小さくなっていく。視線を泳がせているのを見て、俺の眉間が寄っているんだと気付いてしまった。まずい、いつの間にか睨んでいたようだ。
(俺は、かのえになんて言ってほしかったんだ)
考える振りをする。だけど気付いてしまった。十年前も、今も、かのえが「言うんじゃないか」って期待してしまっていたことがある。
「すみません、俺、図々しく聞いてしまって、」
「……いや、助かった」
黙り込んだ俺をみて、不安になった瀬戸が慌て始める。ようやくはっきりした。俺が何にイラついていて、解決するには、どうするべきか。
「ちゃんと話してくる」
かのえに謝って、俺が殴ってしまった理由を伝える。そして、かのえが言えなかったことも聞く。腹割って喋るしかない。最初から分かっていたことなのに、十年かけて、ようやく決心がついた。
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