小説 | ナノ


▼ 18

玄関で糸ヶ丘と別れて青心寮へ向かう。一軍の先輩たちと一緒になる機会はまずないし、よっぽど何もないだろう。なんて気楽に考えていた俺は、必死に練習して、飯三杯食べて、風呂入って、素振りを追えたところで今日糸ヶ丘に言われたことを思い出す。

(……知らん顔でいいって言われたけど)

通りかかった食堂にいたのは、三年生の先輩たち。レギュラーで集まって、何やら話し合っている。どうやら次の練習試合のことらしい。

「瀬戸くんも素振り終わったの?」
「お、ああ、浅田か」

水を飲みがてら先輩たちの会話に集中していたら、突然声をかけられる。ほわほわとした浅田が、同じように水を飲みに来ていた。

「めずらしいね、奥村くんといないの」
「光舟はまだ振るって」
「わーやっぱり凄いねえ」

「――だーもう!お前ら何したいんや!」

いつもの調子でいる浅田に落ち着いていたら、なんだか三年生の集まりから不穏な気配がしてきた。声を荒げる前園先輩は、倉持先輩と御幸先輩の間に割って入っている。

「……先輩たち、練習試合の話かな」
「多分な。色々考えてくれているんだろ」
「試合といえば、今度糸ヶ丘さんが大会あるって言っていてさ」
「……浅田、向こうで話そうぜ」

流石に今、その名前は不味い。そう思った俺は食堂を出ようと提案する。しかし、耳に入ってしまったせいか、キャプテンが昼の話題を掘り起こしてしまった。

「――納得できなきゃ、俺も殴るのかよ」

浅田の背中を押していたが、足取り止めてしまう。浅田もキャプテンの発言に驚いて、目を丸くして振り向いた。

「殴んねえよ」
「糸ヶ丘さんは殴るのに?」

「っ御幸、お前「糸ヶ丘さんに手上げようとしていたのは、何だったんだよ」

静かだった食堂に緊張が走る。座ったままの二人を見て、立ち上がった前園先輩が問いただす。

「……おい倉持、お前どういうことや」
「だから殴ってねえよ」
「俺が止めなちゃ殴っていただろ」

ざわざわと、三年生以外もキャプテンたちの方を見ている。まずいな、糸ヶ丘は隠そうとしていたけど、これは流石に何もありませんとはいかないぞ。

「……俺とアイツの問題だ」
「女殴ろうとして、個人の問題には出来ねえだろ」
「糸ヶ丘って女か!?倉持お前何してんのや!」
「ああもうゾノ黙れ!」

だらしなく座っていた倉持先輩が、深く座りなおす。そうしている間もキャプテンは腕を組んで睨んだままだ。

「どっちにしろ、御幸には関係ねえだろ」
「あるよ」
「は?」

「惚れた女が殴られそうになって、黙ってられるか」

俺の隣で、浅田が小さく声を漏らす。御幸先輩が糸ヶ丘のことを結構気に入っているというのは、薄っすらと分かっていた。だけどまさか、この場で言ってしまうほど、本気だったなんて。

誰も言葉を紡げずにいる食堂で、椅子の音が響く。ポケットに手をつっこんだまま、倉持先輩が立ち上がった。

「おい倉持、話はまだ、!」
「お前と喋って解決するのかよ」

呼び止めようとした御幸先輩にそう言う。それ以上何も言えなくなったのか、御幸先輩の舌打ちがいやに静かな食堂へ響いた。

そして。




「……俺だって、アイツがあんなこと言わなきゃ、」

食堂を出る直前に倉持先輩が残した呟きは、多分俺にしか拾えなかったと思う。

(――知らん顔なんて、できないよなあ)

呆然としている浅田に、俺は小声で頼み事をする。

「……浅田」
「う、うん」
「頼みがあるんだけど」
「?」
「今から沢村先輩に――」

5号室の先輩の名前をあげれば、どうやら俺が何をしようとしているのか察してくれたらしい。俺の頼みを受けた浅田は、ブンブンと顔を縦に振って、急いで同室の先輩を探しに向かってくれた。


そして残された俺もまた、急いで五号室へと向かう。

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