小説 | ナノ


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「女に手あげるなんて、何考えてんだよ」

いつのまにか兄の背後に立っていた御幸先輩は、兄の手首を掴んだまま見下ろしている。兄よりも更に額ひとつ大きい彼を見ると、私が見られているわけでもないのに、少し怖かった。

「御幸には関係ねえだろ」
「倉持には糸ヶ丘さんを殴る道理があるのか」
「……っせえな」
「おい倉持!」

さっき私にしたよりも力強く、御幸先輩の手を払って兄は去ってしまった。ガシガシと頭を掻く御幸先輩に頭を下げる。

「御幸先輩、すみませんでした」
「大丈夫だった?」
「まだ未遂でしたので」

危うく本気で殴られるところだった。それは私も分かったから素直に言えば、御幸先輩はまた顔を歪ませる。兄に怒ってくれているのは分かるのだけれど、それ以上に、私には心配してしまうことがあった。

「あの、一体いつから」

私たちの話を聞いていたのか。それを尋ねると、御幸先輩は首を横に振った。

「さっき降りてきたとこ」
「何でああなったかは、」
「分かんねえ。でも何があっても手あげるのはおかしいだろ」

聞かれていなかったことに安堵しつつも、一番まずいところだけ見られてしまった。兄の怒りが理不尽だと私も思っている。だけど、複雑な感情が沸いてくる何かがあるんだ。

(十年前、なんで私を叩いたのかは今でも分からないし)

両親が離婚した日、兄は怒っていた。両親にじゃなくて、私に。

年に一回の面会に来なかったのも、あの日怒った”何か”が原因だとは、何となく想像していた。だけど青道高校で再会した時にはもう怒っていなかったから、時間が解決してくれたものだと思っていたのに。

(多分、十年前に”私がした何か”に納得できていないんだ)

「御幸先輩、私が原因なんです」
「……何をしたんだ?」
「何かは分からないけど、」
「じゃあ倉持が勝手に怒っているだけだろ」

兄が立ち去った方向を、御幸先輩はまた睨む。難しい、どう説明すればいいんだろう。

「でも私が原因です」

はっきりどれとは分からないだけで。それは確かだ。兄は十年前の私の何かに怒っている。十年経った、今でも。

「また会った時に、きちんと話そうと思います」
「でも糸ヶ丘さんがそこまで気遣う必要は、」
「このまま喧嘩別れってのは、嫌なので」


多分、今年出会えたのも奇跡だと思う。兄が青道にいたのも、私が青道にきたのも。

「でも、」
「あ、なら私が声かけやすいように、倉持先輩を宥めておいてもらえますか」

いつまであの態度が続くか分からない。御幸先輩に宥めてもらって、落ち着いているタイミングで声をかけよう。

「……本当に大丈夫なんだな?」

納得していない様子だけど、私が大きく頷けば、御幸先輩は大きく息を吐いて立ち去った。



そして、先輩の足音が消えたタイミングで、入れ替わるように別の上履きの音がなる。ひょこっと顔を出したのは。

「あ、瀬戸くんじゃん」
「よう」
「ジュース買いに来たの?」
「……買いに来たんだけどさ」
「あ、もしかして御幸先輩いたから?」

気まずくて話に割り込めなかったのかも。百円玉を入れながら、片手間に会話する。ごたごたが落ち着いて、くだらないお喋りができると肩の力を抜いた。

しかし。

「……倉持先輩がいたから」

ガタン、と落ちたジュースの音が響く。かがんでペットボトルを取ろうと思った私は、腰を折った体制のまま顔を横へ向けた。

「悪い、聞くつもりはなかったんだけど」
「……一体いつから」

御幸先輩に尋ねたのと、まったく同じ質問をぶつける。しかし返ってきた答えは、御幸先輩とはまったく違うものだった。

「……財布忘れたなら貸すよ、の時から」

つまり、御幸先輩とは違い最初から聞いていたとのこと。その返答を聞いた私は、そのまま膝を折って頭を抱えることになるのだった。

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