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「じゃ、自販機行ってくるね」
友人たちに見送られ、私はリズムよく階段を降りていく。期間限定のジュースはまだ変わっていないから、今日は瀬戸くんに声をかけず一人で行く。もしかしたら、兄がいるかもしれないし。
(お、本当にいた)
いるかな、と思いながら曲がった角で、特徴的な髪型が見える。あんなガッチリ固めている人、他に見かけないからすぐに分かった。
「くーらもち先輩」
どう声をかけるのが正解か分からず、とりあえず名前を呼ぶ。名前といっても、”ただの後輩”としての呼び方だけど。
(……無視?)
前みたいな調子で喋ってくれるかと思ったのに、なんだか難しい表情を向けられる。おまけにだんまり。
「どしたの」
「別に」
「ちょ、もう行くの?」
飲み物を買いに来たはずだろうに、何も持っていないから呼び止める。お金がなかったなら貸してあげるのに。その意思を込めて私の財布を見せるも、まだだんまりだ。
「財布忘れたなら貸すよ」
「いらねえ」
「じゃあ何、避けているの?」
なら私に対して何かあるんだろう。それを指摘すれば、ほら図星だ。黙ったまま私の隣をすり抜けて行こうとする。
「待って」
その腕を掴んで呼び止める。言いたいことがあるなら、ハッキリと言ってほしい。言うまで離さないという意志が伝わったのか、小さくため息をついてから口を開く。
「――会っていたんだってな」
「は?」
「俺いない時に、三人で」
誰とは言わない。だけど分かった。両親とだ。
「……年に一回、ね」
「なんで言わねえんだよ」
「なんでって言われても」
私は連絡手段がないのだから、どうしようもないではないか。だけどまさか、母からも伝わっていないとは思ってもみなかった。そんな私の動揺は伝わっているようで、小さく舌打ちをする。私に対してなのか、何なのか。
「来なかったのはそっちでしょ」
「知らねえよ、今も会ってるなんて」
「お母さんから聞いてないの?」
「知らねえって言ってんだろ」
ようやくこちらを見た兄は、高い角度から睨んでくる。十年前よりも大きくなった体格に少し怖気づくけれど、こちらも負けちゃいられない。
「……離婚した最初の面会日、体調崩したんだっけ」
久しぶりに会えると思ったら、店に現れたのは母だけだった。
「それは、」
「次の年も、練習があるって来なかったよね」
風邪のひとつも引かない人だと思っていたから驚いたのに、その顔は翌年以降も見られなかった。
ばつが悪そうにする姿から、それらはやっぱり嘘だったんだと分かる。本人も忘れちゃいないようで安心した。そして同時に、腹立たしさも沸いてくる。
「二年も嘘ついて逃げたから、お母さんが気を使ったんでしょ」
「会いたがらなかったのは、そっちじゃん」
最後の日、私を叩いたのはよっぽど怒っているんだと思っていた。そうじゃなくても、あれだけ喧嘩したから、気まずいのかと思っていた。
だから高校に入学して、いると気付いて随分頭を抱えていたのに。向こうもそれなりに穏やかな姿を見せてくれたからホッとしたけれど、こうして八つ当たりされるのは納得できない。
私の怒りを隠せない性格は昔からだ。だって私は、彼の妹だから。
「……っお前に何が!」
私の手を振り払った兄の手が、高く上がる。
(叩かれる……っ!)
反射的にそう感じた私は、とっさに頭を守った。だけど、その手が私に向かってくることはない。恐る恐る顔を上げてみると、そこにみえたのは。
「何してんだよ」
兄の腕を掴む、御幸先輩の姿だった。
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