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「もっち先輩!お荷物です!」
「なんで沢村が受け取ってんだ」

五号室の扉を開けた沢村先輩の手には、小さな段ボール。どうやら管理人さんから預かってきたらしい。

「もっち先輩、開けますね!」
「おう」

「えっいいんですか!?」

沢村先輩は段ボールを渡すわけではなく、そのままテープをはがし始める。思わず口を挟んでしまったが、二人とも気にする様子はなかった。

「浅田少年、これは倉持先輩のお母様が五号室の為に送ってくれている消臭剤なのだよ」
「へ、そうなんですか?」
「お前らの為ではないけどな」

言う通り、開けた段ボールからは消臭剤が出てきた。みれば、扉のところに置いてあるから、自由に使っていいと言われたシリーズと同じものだ。

「これ、倉持先輩のだったんですね」
「職場でもらうからって大量に送ってくるんだよ、気にせず使え」
「ありがとうございます」

どこの部屋にもあると思っていたけど、そういえば瀬戸くんの部屋はないって言っていた。倉持先輩が置いてくれていたからなんだ。

「もっち先輩、今回はジェントルブーケの香りだそうです!」
「ったく、息子に送るもんじゃねえだろ」
「ちょ、倉持先輩!なんで僕にかけるんですか!」

沢村先輩から受け取ったそれを、倉持先輩は迷いなく僕に向けてくる。これから素振りに行こうと思っていたのに、良い香りにされてしまった。

「……ん?」
「どうした浅田」
「これ、糸ヶ丘さんも同じの使ってました」

鼻をかすった香りに覚えがある。倉持先輩が持っているパッケージに視線を向ければ、やっぱりそうだ。最近クラスメイトが部活用にと持ってきていた物と同じだった。

「……浅田、お前女子のにおい覚えてんの?」
「ち、違いますよ!糸ヶ丘さんがロッカーに置いていたんです!」

沢村先輩が渋い顔をしながら聞いてきたのを慌てて否定する。確かにパッケージじゃなくて香りで分かってしまったのは事実だけど、それだけじゃない。

「倉持先輩……?」
「あ?」
「あの、僕ほんとうに違うので」

ぼーっとしているもう一人の先輩にも声をかける。沢村先輩はまだ怪しんでいるし、倉持先輩は黙ったままだ。

「ああ、うん」
「(絶対疑われている……!)」
「……安心しろ浅田、お前が女子の香り覚えているのは黙っておくから」
「だ、だから違いますって!」

結局沢村先輩には伝わっていない様子だし、倉持先輩もどう思っているのか分からないまま、この話は終わったものとされてしまった。きちんと否定したかったけど、先輩に対して口答えする度胸は、僕にありはしなかった。


***


「……もしもし、母さん?」

自主練が終わって、五号室へ戻る前に電話をかける。いつも通り、仕送りの礼だ。

「届いたよ、どーも。さっそく沢村が使って……つーか他にマシなやつなかったのかよ」

毎回消臭スプレーを送ってくるから、大した感想は出ないけど、今回のは流石に言っておきたかった。それと。

「あと……ひとつ聞きたいことあってさ」

どうしても、確認していきたいことがあったから。今日かのえと話しているうちに、気になることが出てきたから。


「離婚する時、文句言っていたの自分だけだって覚えてないの?」


両親が離婚した日のことはよく覚えている。別れた理由も、母さんのばあちゃんと、父さんのじいちゃんが同じ時期に体壊したからだって聞いた。だけどそれから父親との連絡は最初に何度か会う機会があったらしいけどそのくらい。だからその理由は嘘だと思い込んでいた。

「俺に気遣って言ってないだけなら教えてほしいんだけど、」

だけど、かのえが持っていたのが、俺の母さんが渡したものだったとしたら。そして、離婚の理由が本当だとしたら。

「父さんやかのえと、今も会っているのか」


家族に会っていないのは、俺だけだったのかもしれない。

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