小説 | ナノ


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「よう」
「あ、倉持先輩」
「……まあ、そうなるか」
「?」

外部練習から帰ってきて、汚れたタオルを水道で洗っていれば、兄から声をかけられる。向こうは練習試合だったのか、いつもと違いユニフォームを着ていた。

「もしかして、呼び方?」
「おう」
「流石に呼べないでしょ」
「……そうだよな」
「そっちは名前で呼んでもいいけど?」

私が兄と呼ぶのは流石に不味いけど、向こうが私を下の名前で呼ぶのはそこまで問題じゃない気がする。

「いや、それも不味いだろ」
「そうかな」
「ただでさえ御幸に疑われてんのに」
「何を?」
「それはだなー……ほら、あれだよ」
「どれ」

言い淀まれても、私は察しが悪い方なので分かるはずもない。言ってくれるのを待てば、もごもごとしながら少しずつ言葉にしていく。

「……お前のこと、狙ってんじゃないかって」
「あーそういう」
「おう」
「なるほど、それは困るね」

男女の関係だと思われるのは流石に不味い。不味いけど、そんな勘違いをされるってことが少し面白かった。

「じゃあ糸ヶ丘って呼んで」
「そうする」
「私はチーター先輩でいい?」
「よくねえわ」

なんで知っているだって顔をしてくるけど、心当たりが多いようだ。野球部だとみんな知っているようだし。

「もし私たちが兄妹だってバレたらさ」
「あ?」
「あ、自分から言うつもりはないよ」

だから安心してほしい。睨まれたかと思って、すぐにそう付け加える。そして、すぐに話題を戻した。

「私が陸上で有名になったら、”チーターの妹”って言われたりするのかな」

兄はもう全国大会に出ている人だ。瀬戸くんから聞いたのだが、どうやら早いうちからレギュラーで、青道の中でもなかなかに上手い分類となるらしい。

また全国大会へ進めば、きっと有名になるだろう。

「お前だって足速いんだろ」
「そりゃチーターの妹ですから」
「じゃあどっちになるか分かんねえな」
「どっちって?」
「お前がチーターの妹になるか、俺が”糸ヶ丘の兄”になるか」

ニタリと笑うその姿は、昔と変わらない。挑戦的な発言だけど、私にとってもそれは楽しい競争だった。

「糸ヶ丘の兄って、なんか微妙だね」
「チーターの妹も変わんねえだろ」
「私も例えほしいなあ」
「沢村に見てもらうんだな」

今度聞いてみようかな。なんて考えているけれど、そもそも私たちが兄妹だとバレるわけにはいかないんだった。

「ま、兄妹だって知られないようにしないとね」
「……さっきから思っていたんだけどよ」
「うん?」

元々悪い目つきが、更に細くなっている。何か怒らせたかな。そう思って尋ねれば、やっぱり不機嫌だったらしい。

「俺の妹ってバレるの、そんな嫌なのか」

拗ねているのか納得できていないのか、そんなことを言い始める。むしろ、そんなことを思われていると考えていなかった私は驚いてしまった。

「や、気にするのそっちでしょ」
「なんでだよ」
「離婚する時、ひとりだけ文句言っていたじゃん」

両親の離婚は、仲違いから起こったものではない。両親それぞれの実家が、同じタイミングで都合が悪くなってしまっただけだ。

両親は当時小さかった私にも分かりやすく説明をしてくれた。兄は小学生にあがる年齢だったから、それなりにしっかりと説明は受けたはず。その上で私は納得して、兄は気に食わないと喚いていた。

「……それは」
「まだ一年近く居るんだから、バレたら面倒でしょ」
「それもそうか」
「うん」

だから、言わない方がいい。兄にそう伝えれば、やっぱりまだ納得していなさそうに小さく頷いた。

「瀬戸くんは気遣いできる人だけど」
「沢村はうるさそうだな」
「御幸先輩は気にしなさそうだね」
「……むしろアイツが一番面倒くせえよ」
「そう?」

私たちに血の繋がりがあろうとも、「そうなんだ」で終わりそうなイメージだけどな。意外と兄のことを気にしてくれているのかも。そう尋ねれば、それは違うと首を振られる。

「御幸先輩なら、自分には関係ないって流しそうじゃない?」
「……絶対無理だな」
「えーなんで?」
「うっせぇ知るか」
「は!?突然なに!」

いきなりキレた兄は、話の途中だっていうのに背中を向けて歩き出してしまった。自分勝手な姿に文句を投げつつも、今度会った時にでも聞けばいいかなと見送った。

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