小説 | ナノ


▼ 12

午後練が始まる五分前になって、ようやく倉持が現れた。他の野球部が既にグラウンドへ向かっているのをみて、慌てて寮室へ行っていたようだ。

「あっ倉持先輩!」

その姿を目ざとく追っていたのはキャプテンである俺だけじゃなかった。俺が声をかける前に浅田が大きく反応する。倉持の姿を見て、すぐに駆け寄っていく。

「倉持先輩、すみませんでした」
「なんで謝るんだよ」
「僕が色々言ったせいで……」
「気にすんなって、大したことしてねえし」

そういって、ひらひらと手を振り歩き始める。しれっと部員に混ざっているが、俺の目にはやはり浮いて見えた。浅田ほどじゃないけど小走りで倉持の元へ向かい、並んでグラウンドへ向かう。

「よう倉持」
「なんだよキャプテン」
「糸ヶ丘さんと会っていたのか」

これから練習というタイミングで声をかけたせいか、練習への伝言かと思われたらしい。だけどキャプテンという声かけを無視して、俺はただの御幸一也として話題を続ける。

「まあな」
「ちゃんと教えてあげたのか」
「いや、何もしてねえ」
「は?」

一体何をしに言ったんだ。糸ヶ丘さんが両利きになりたいから倉持に声をかけたはず。

「何しに行ったんだ」
「行くの遅かったから、時間なかったんだよ」
「つっても多少はあるだろ」
「色々喋っていたら、時間になってさ」

全然似合わない、いやにヘラヘラした表情で倉持は言う。それがなんだか、気に食わなかった。

「……やっぱり仲良くなってんじゃん」
「あん?」
「そういうつもりないって言ったのに、洋一くんも隅に置けないねー」
「……は?」

茶化すように言えば、いつもの低い声が聞こえる。ようやく隣をみれば、思っていた通りの、いつもの倉持の表情がみえた。

「何が言いたいんだよ」
「別に? ただ約束も忘れてお喋りに必死な倉持なんて」
「そんなんじゃねえよ」
「どうだろうなー」

もう少ししつこく聞きたかったけど、グラウンドに着いてしまった。ま、こんな数十分じゃ何もないだろうな。あんまりつっかかってキレられる前に切り上げよう。

この時は、そう思っていた。


***


「お、糸ヶ丘さんじゃん」

移動教室中に、自販機で糸ヶ丘さんを見かけた。ふいに声を出してしまったものの、隣にいる倉持も軽く相づちを打ってくれる。

「ほんとだ」
「やっぱ瀬戸と仲良いのな」

自販機の前で笑いあっている二人を見て、思ったままに呟く。すると、なぜか倉持は軽く笑った。

「あいつ、新商品出ると試すんだって」
「ん?」
「不味かったら瀬戸に押し付けてんの」

そう言って自販機の方へ歩いていく倉持。今説明された通り、まさに糸ヶ丘さんは瀬戸へジュースを押し付けているところだった。

「よ」
「お疲れ様です、先輩たちも自販機ですか」
「倉持がな。それ、新作ジュース?」

瀬戸に返事をしながら、糸ヶ丘さんが持っている、妙な色したパッケージのペットボトルを見る。先月倉持からもらったのと同じシリーズのようだ。

「糸ヶ丘が買ったんですけど、」
「ビックリするほど不味いんです!」
「で、瀬戸に押し付けようと?」

大きく頷く糸ヶ丘さん。それに対して瀬戸は頬を引きつらせている。

「瀬戸は飲まねえの?」
「見てくださいよ御幸先輩、このパッケージ」
「……何これ、何味?」

ペットボトルには、いろんな果物のイラストが載っている。しかし明確に何味とは書かれておらず、フルーツミックスのようなものかと思えた。しかし、糸ヶ丘の方をみると首を傾げている。

「飲んだけどよく分かんなかったです」
「フルーツ味じゃねえの?」
「そんな優しいものじゃないですよ」

つまり、不味いらしい。あまりにも不気味だから、瀬戸も飲みたくないようだ。ぎゃーぎゃー騒いでいる一年生をみて、倉持が無言で手を伸ばす。

「「あ、」」

騒いでいた糸ヶ丘と瀬戸が、取られたペットボトルに視線を向ける。俺は黙って倉持の顔を見ていた。

まじまじと果物のイラストを見た倉持が、無言で蓋をあける。そして、器用に口を付けないままぐいと喉を逸らせた。

「ちょ、倉持何して、」

「……まっずいな」
「でしょ!?」
「こんなもん買うなよ」
「だって、美味しいかもしれないから」

倉持の言葉を受けて、糸ヶ丘さんが反論する。文句を言う倉持に、同じような調子で言い返していた。

「御幸、やる」
「は?」

蓋をしたペットボトルを、我が物顔で俺の方へ突き出す倉持。どうしていいのか分からず本来の持ち主をみれば、そのまま勧められてしまった。

「御幸先輩、ゲテモノ平気ですか?」
「まあ、苦手な物はないけど」

はっきりゲテモノなんて言われるとは。しかしそれ以上に、倉持が割り込んできたことに驚いてしまう。

「……いらないならもらうけど」
「是非とも」

俺は倉持みたく器用に飲めない。そして、これは糸ヶ丘さんが飲んだものだ。平然としている倉持を前にそんなガキみたいなことを言えなくて、やんわりと伝える。

「……糸ヶ丘さん、本当に俺が飲んでいいの?」
「うん?」

糸ヶ丘さん本人は首を傾げていたが、隣にいた瀬戸が「ああ」と声を漏らす。

「御幸先輩、糸ヶ丘も口付けずに飲んでいるんで大丈夫ですよ」
「ああ、そう」

それならと、ありがたく受け取ることにした。ありがたいかは飲んでみないと分からないけど。

「じゃ、俺ら行くわ」

そう言ったのは倉持で、その声を聞いて瀬戸と糸ヶ丘は軽く頭を下げた。




「びっくりしたわ」
「あ?」
「倉持、いきなり糸ヶ丘さんのジュース奪うから」

自販機から離れてすぐに、俺はその話題を振る。もう少し面白い反応があるかと思ったが、倉持はいたって普通だった。

「要らねえっつってたから」
「だからって」
「むしろ飲んでねえのに受け取るお前のがビビる」

それマジで不味いからな。念を押す倉持に、小さな執着を続けてしまうくだらなく思えてきた。

「不味かったら、糸ヶ丘さんに文句言ってやろうかな」
「今から言葉考えておいた方がいいぞ」

倉持と糸ヶ丘さんは、以前よりもずっと親しげになっている。だけどどうしてだろうか。

(前より仲良さそうにしているけど、恋愛仲不安にはならないんだよな)

倉持の言う通り、二人からはなぜか恋愛沙汰の気配が感じられなかった。

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