小説 | ナノ


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「……緊張してきた」

土曜日の昼休み、陸上部の面々が午前中で帰ったのを見送り、私だけグラウンドに残っていた。理由はそう、兄を待つためだ。

(本当に来るかな)

時間は浅田くん経由で指定された。向こうも一日練習があるから、寮で昼食を取ったらすぐに来てくれるらしい。とはいっても、直接本人と約束したわけじゃないんだけど。


「糸ヶ丘さん、明日午後から時間ある?」
「どうした浅田、デートの誘いか?」
「違うよ瀬戸くん!」
「即座に否定しないでよ浅田くん」

兄に時間を作ってもらう流れになったタイミングで、浅田くんには前もって陸上部のスケジュールを渡しておいた。野球部の予定と照らし合わせて、私と兄を会わせる算段を立ててくれているらしい。

「あ、倉持先輩にフォーム見てもらうってやつ?」
「そ。浅田くんが橋渡ししてくれるの」
「僕としては糸ヶ丘さんが直接倉持先輩と連絡取ってくれたら、」
「何か言った?」
「な、なんでもないです」

自分が先輩に物言いできないせいだと自覚があるようで、協力してあげるという形になっている私は浅田くんに強く出られるようになってしまった。瀬戸から「あまり虐めてやるな」と注意を受けつつも、スケジュール組みには協力する。

「土曜日なら陸上部午前で終わるよ」
「なら、お昼食べ終わったら向かうって」
「分かった、よろしく伝えてね」


なんて、軽い口調で言ったけど。

(いざ当日になると、ここまで緊張するとは)

部活中はまだ良かった。そんなこと考える余裕もないくらい走り込んでいたから。だけど練習が終わって、一人になってみるとだんだん頭がごちゃごちゃしてくる。野球部の食事時間は分からないけど、思っていたよりも時間がかかっているようで、それも私を焦らせた。体が固まってきてしまうから、軽く柔軟をしながら彼を待つ。


「悪ぃ、遅れた」

ペタリと開脚ストレッチしていたら、部室棟の角から顔を出す。あんまり申し訳ないと思っていなさそうな顔で、ひょっこりと。

「いえ、お気になさらず」
「沢村がバカやって午前練延びたんだよ、ったく」
「あー……沢村先輩ですか」
「知ってんの?」

立ち上がり、お尻の砂を払いながら会話をする。向こうからすればほぼ初対面の後輩だというのに、この態度でいいのだろうか。いまいち距離感がつかめない。

「浅田くん経由で、挨拶程度は」
「野球部に知り合い多いのな」
「野球部の人数が多いからかと」

別に野球部ばかりと知り合っているわけじゃない。人数が多いから、相対的に知り合いも多くなっているだけだ。

「御幸とも話すだろ」
「そこは委員会ですし」
「他には?」
「えーと、奥村くんは結構喋るかも」
「そうか、かのえは瀬戸と仲がいいんだっけ」
「同じクラスですので」

私が奥村くんと知り合ったのは、瀬戸くんからだと気付かれている。正解なのだけれど、あまり深い話を進めると、墓穴を掘りそうだ。そろそろ本題へ移っていただこう。そう思って頭を下げる。

「ともあれ、本日はよろしく……あれ」
「どうした」

何気ない会話。さらりと流してしまったけれど、今になって気付いてしまった。

「さっき、私のこと、」

かのえって呼んだ。

「かのえだろ」
「え、なんで」

馴れ馴れしいだけかもしれない。それか、野球部にも”糸ヶ丘”って人がいるから、下の名前で呼ばれているのかも。色んな仮定に頭を過らせて、変に期待しないようと頑張った。

だけど、彼はすぐに打ち明ける。

「妹の名前、忘れるわけねえだろ」

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