小説 | ナノ


▼ 09

「なー倉持」
「あん?」
「糸ヶ丘さんと何かあった?」

自主練をしていた部員もひとり、ひとりと減っていき、気付けば俺と御幸だけ。そのタイミングを待っていたのか、ゾノがいなくなってすぐに御幸が声をかけてくる。

「フォーム見てやることになった」
「それは聞いていたって」
「じゃあ何が聞きたいんだよ」
「何って言われると困るんだけど、」

じゃあ聞くな。そういってもう一度バットを構えれば、御幸もそうする。だけどまだ引っかかることがあるのか、数回振って、また口を開いてきた。

「倉持と糸ヶ丘さん、今日初めて喋るんだよな」

御幸の前では確かに今日の昼休みが初めて会話をした。それが引っかかっていたのかと少し安心する。

「この間、自販機で会った」
「瀬戸といる時?」
「ああ。それ以来ちょくちょく」
「なるほど、そういうことか」
「どういうことだよ」

少し苛立ちながらそう問えば、少し間を置いて御幸が口を開く。

「いくら糸ヶ丘さんが人懐っこくても、初めて会話した先輩に頼み事なんてできないと思って」

納得したようなセリフを、飲み込み切れていない顔で言ってくる。きっと同類だと思っていた俺が、後輩の女子と喋っていることが不思議に思えたんだろう。

だけどきっと、それだけじゃない。

「御幸、お前さ」
「うん?」
「くだらねえ嫉妬するなよ」

御幸がかのえのことを意識しているのは、もう分かり切っている。告白するつもりはないって言っていたが、仮にどうこうなろうと俺には口出しする権利も立場もない。

それは分かっているけど、せめて。

(ただの先輩として、あいつと喋るくらいさせてくれ)

元気にやっていることが分かればいい。少し喋って、くだらない話して。そのくらい、気兼ねなくさせてくれ。

「……倉持は糸ヶ丘さんのこと気に入ってんの?」
「……は?」

バットを杖のようにして、空いた左手であごをなでながら御幸が考え込む。

「だってわざわざ他部の後輩に協力するとか」
「それは浅田が、」

血の繋がった、実の兄妹だ。いくら俺とあいつが仲良くなろうとも、そんなことは間違っても起きねえ。あいつも分かっているから、フォームの確認なんてことを頼んできている。

「いや待てよ、もしかしたら糸ヶ丘さんの方が倉持を……?」
「あのなあ」

御幸にはそんなこと言えるわけもない。ともかく気にするなと釘を刺すくらいしか。

「俺らの間にそういうのはねえって」

ハッキリと、明確な自信を持ってもう一度告げる。だけど御幸からしたら、ただの強がりにしか見えなかったのかもしれない。

「つっても、糸ヶ丘さんと倉持まだ全然仲良くないじゃん」
「んだよ」
「これからどうなるか分からないってことだよ」

どうなるか分からないのは、確かに事実だ。実はかのえがすっげー俺のこと恨んでいて、次会った時に顔面ぶん殴られるかもしれないし。そんでもってもしかしたら、呼び方だって変わるかもしれない。

(倉持先輩、なんてふざけた呼び方、変わるかもしれねえな)

なんて考えてしまった内容は、頭を振ってすぐに消し去る。普通に喋るくらいの関係性なら、もしかしたら戻れるかもしれない。だけど、兄妹になれるほど俺は素直になれないし、かのえも空気を読めないヤツじゃない。

「安心しろよ、糸ヶ丘を女としてみるつもりねえから」
「えー分かんないだろ」
「分かるんだよ、いい加減黙れ」

「じゃあ俺が本気で狙うって言っても問題ないのか」

ふざけてんのか。そう言おうと思ったのに、薄暗くなったグラウンドでも御幸が真面目な表情をしているのが見えてしまった。

「……問題ないって言われると」
「ほらみろ」
「いや、これはそういう意味じゃねえよ」
「ならどういう意味だよ」
「あー……とりあえず、狙うな。俺も狙わねえ」

なんだそれ。そう言いながらも、俺が嫌がっていることは伝わったのか、御幸は改めて伝えてくる。

「……俺だって恋愛している余裕なんてないけどさ」

そこははっきりと言い切る御幸。野球部として、そして……糸ヶ丘洋一だった人間として、少し安心する。

「倉持も、ふわふわするなよ」
「わーってるって」
「あとフォーム教えるのにセクハラなんかしたら、」
「するわけねえだろ!」

腹立つ笑みを浮かべながら、御幸は先に戻っていってしまう。俺は小さく息を吐いて、もう少しだけとバットを握りなおした。

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