▼ 08
そんな話をした日から一番近い金曜日、私は早速先輩に話しかけた。
「そういえば御幸先輩」
「ん?」
「倉持先輩って、両利きなんですか」
本の整理や片づけがひと段落し、カウンターで暇になったタイミングでそれとなく話題を振る。
「あいつはそうだな」
「……私、今両利きの練習してて」
「なんで?」
そう聞かれることは予想がついていた。なるべく動揺を見せないように、落ち着いて会話を続ける。
「……ってことで、身体づくりの一環です」
「はー、なるほどな」
「浅田くんがそれを倉持先輩に喋ったらしく」
そしてやんわりと、既に話が通ってしまっていることも伝える。確定ではないにしろ、浅田くんが気にしていることは分かってほしい。その願いが通じたのか、御幸先輩は小さく頷いてくれる。しかし、返って来た言葉は予想と違っていた。
「ああ、それでも倉持が心配していたわけだ」
「心配?」
「浅田にされた頼まれ事、どうしていいのか分かんねえって」
御幸先輩からそれを聞いて、浅田くんの心配も案外杞憂ではなかったんだと気付く。向こうは浅田くんが悩んでいるなんて知りもしないと思っていたのに。
(案外、後輩のこと心配しているんだ)
プロレス技かけるだけじゃないんだね。そう心の中で呟いて、再度話を戻した。
「多分、それです」
「めずらしく浅田に頼られたから、何とかしたいんだってさ」
「ならどこかで時間作ってもらおうかなあ」
「……うん?」
私が呟けば、御幸先輩の相づちの語尾が上がる。
「? どうしましたか」
「え、倉持と会うの」
「せっかくなので」
「無視していいって」
御幸先輩の言う通り、無視しても問題ないと思う。だけどこの機会を逃すと、いつ次の機会がくるかわからない。さり気なく御幸先輩の考えを変えれないかと会話を続けるも、いやに頑固だった。
「どうせ倉持だし」
「でも」
「俺がなんだよ」
「「あ」」
そうこう喋っていると、入口の方から低い声が響いた。
「何しに来たんだよ倉持」
「監督からの伝言」
そういって、持っていた書類を一枚渡している。そういえば副キャプテンだっけ。上の立場にいる姿なんて見たことなかったから、ちょっとめずらしくてじぃっと見つめてしまった。野生の勘が鋭いのか、私の視線に気付いて眉間を狭めこちらを見てくる。
「……んだよ」
「え、」
「さっきから見てんだろ」
一緒に図書委員をしている先輩が隣で声をかけられた。だから見ていただけなのに、そんなことも気に食わないのか。昔よりも低くなった声に緊張していたら、御幸先輩が間に入ってくれる。
「倉持が図書室に来るからビビったんだろ」
「あ、あははは……」
「否定しろや」
御幸先輩の、弁解にならぬ説明に乗っかって不器用に笑えば、ちょっと笑いながら文句を言ってくる。
「つーか何の話してたんだ」
「別に倉持には、「両利きって聞いたんですが」
間髪入れずに口を挟む。私の様子に二人とも驚いているが、「すみません」と言ってわざとらしく口に手を当てればそこまで気にされなかった。喋るタイミングを失敗しただけのように見えるはずだ。
「今度お時間頂けないかなと」
しおらしく質問すれば、頭を掻いて「……いいけどよ」と言ってくれる。その姿に満足してしまった私は、御幸先輩がどんな顔しているのかなんて全く気付いちゃいなかった。
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