小説 | ナノ


▼ 07

「浅田、お前ってさ」
「は、はい!」
「……ビビんなよ」

風呂上りの寮室、沢村がいないタイミングを見計らって浅田に声をかける。そこそこ慣れてきたと思ったけど、俺から声かけることが少ないからか、浅田は大きく肩を震わせた。

「お前のクラスに糸ヶ丘っているだろ」
「はい、います」
「アイツって瀬戸と仲いいのか」
「瀬戸くんと……?」

疑問を浮かべる浅田。そりゃそうだ、俺がかのえのこと知っていることですら違和感あるだろうし。だけどあらかじめ準備してあった言い訳を浅田に告げる。

「この間、自販機にいるの見かけてさ」
「確かに糸ヶ丘さん、毎回声かけていますね」
「瀬戸に?」
「はい」

ただの偶然じゃなく、わざわざ声をかけて瀬戸と一緒に居たのか。しかも毎回ってことは、よっぽど気に入っているんだろう。

「あ、でも瀬戸くんたち付き合ったりしていませんよ」
「あぁん?」
「すっすみません!そういう話かと!」

俺の考えが見透かされたかと思い妙な相槌になってしまい、浅田をまたビビらせてしまう。駄目だ、落ち着け俺。

「ま、気にならないわけじゃねえけど」
「糸ヶ丘さん、瀬戸くんと仲いいから茶化されること多くて」
「……へー」
「そしたら「メガネの人ってタイプじゃない」って」
「……メガネなあ」

関係ないのに僕までクラスの女子から慰められました、と付け加える浅田。関係ないと言い切れるってことは、コイツもかのえに恋愛感情はないんだろう。瀬戸の方は分かんねえけど、かのえ側がその気ないなら何もねえんだろうな。

「あ、そうだ倉持先輩」
「ん?」
「先輩って両利きですよね」
「一応な」

キャッチボール程度なら左もそこそこ使える。なんで突然そんな話題を。めずらしく自分から振ってきた浅田に驚きつつ、続く言葉を待った。

「実は糸ヶ丘さん、利き手変えようとしていて」
「なんで」
「走るのにバランスがどうのって」
「あー利き足で偏り出てんのか」

スポーツによっては筋肉の付き方が左右対称にならない。走る種目でそうなるってんなら、鍛え方間違えてんだろう。

「普通に左右一緒に鍛えたらいいだけだろ」
「どうしても利き手ばっかり鍛えちゃうって」
「ただのバカじゃねえか」

つい本音が出てしまう。まさか浅田も、”後輩の女子”相手に俺がこんな言い方すると思ってなくて、返答に困っている様子だ。俺からしたら、妹のバカ行動に呆れててるだけなのに。

「まーあれだな、本人走っているとこ見なきゃ分かんねえよ」
「えっ」
「んだよ」
「す、すみません!まさかそこまでしていただけるなんてっ!」
「は?」
「え、糸ヶ丘さんのフォーム見てもらえるんじゃ」
「いや、別にそこまでするつもりは、」
「ああああごめんなさい!僕早とちりしちゃって……!」

本人見なきゃ分からない。だから何もできない。
そういう意味でこの話は終わりだと伝えたかったはずが、なぜか浅田は「俺が世話焼く」と勘違いする。それを指摘すれば、また青ざめて慌て始める。

「……ったく、どっちでもいいっての」

気にしてないから気にすんな。それだけ言って、俺は自主練へと立ち上がった。


***


「……ってことがあったんだけど」
「浅田くん、何してくれたの」
「ご、ごめん」

朝教室に来ると、めずらしく野球部が既にいた。挨拶がてら「今日は早いね」と声をかければ、浅田くんの視線が泳ぐ。理由を尋ねれば、ポツポツと説明してくれた。

「どっちでもいいって言ったんでしょ?」
「……倉持先輩はそう言ったけど」
「ならナシでいいじゃない」
「そ、そうかなあ」

ヤンキー顔した先輩に怯える浅田くんにため息をつく。まったく、なんで私の話なんて振ってしまったんだ。




(両利きになった方法なんて、傍で見てきたんだから)

一人でプロレスごっこしているかと思えば、ボール投げるから取ってくれって言われたり。そこでようやく左手使おうとしているって気付いた。元々器用なタイプだったからすぐに左でも投げられるようになって私の出番はなくなったけど。

「大丈夫でしょ、向こうも忘れるって」
「それならいいんだけど……」

「……」
「……でも、教えるつもりでいたら失礼かなって」

「……その時はその時でしょ」
「……」

「……あーもう!仕方ないな!」

オドオドしている浅田くんを見かねて、私は諦めた。

「私の方から声かけてみる」
「え、でも、」
「御幸先輩と仲いい人でしょ?」
「うん」
「図書委員の時に仲介してもらう」

ぱぁっと表情の晴れる浅田くん。むしろ、私が御幸先輩と知り合いじゃなかったらどうやって仲を取り持つつもりだったのか。結局その辺りは考えていない気もするけれど、これで彼の不安が解消されるなら仕方ない。

「ごめんね糸ヶ丘さん」
「いいよ、私も話したかったし」
「? そうなの?」
「あー……ほら、足速いんでしょ」
「うん!倉持先輩は本当にすごいんだよ!」

興奮気味に喋り始める浅田くんを見て、別に私が助けなくても仲良くできたんじゃないかとも思えてくる。だけど、兄が後輩に尊敬されている話を聞くのは、悪い気分じゃなかった。

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