小説 | ナノ


▼ 06

「「糸ヶ丘・瀬戸コンビ一位おめでとー!」」

クラステントに戻れば、高得点を取ってきた私たちをみんなが出迎えてくれる。

「流石は陸上部!」
「えへへ、頑張っちゃった」
「ついでにもう一回頑張ってほしいな!」
「うん?」

頭を掻いて照れていれば、いきなりお褒めの言葉が消える。何かと思えば、ブルーシートに寝転んでいる友人が視界に入った。

「次の競技出る子、熱中症っぽくて」
「あら大変、保健室連れて行こうか?」
「ううん、委員長が今先生に連絡してくれている」

体調不良の人を動かさないようにという気遣いだ。私たちのクラス、なかなかにデキる人間が集まっているらしい。

「ってことで、糸ヶ丘さん次の競技よろしく」
「……はい?」

***


「……糸ヶ丘はさっき終わっただろう」
「奥村くん、代走なんです」

体育委員会の仕事を真面目にこなす奥村くんとは、つい二十分前に顔を合わせたばかりだ。一通り理由を説明すれば、すんなりと認めてもらえる。しかし、なんで私がという態度は変わらない。

「借り物競争に足の速さはいらないだろ」
「借りてから走るでしょ」
「お題が人だったら相手にもよるけどな」
「大丈夫!イケメンでも好きな人でも、瀬戸くんに声かけるって言ってきたから」

もしも恥ずかしいお題が出たらどうしよう。それを心配した私は、前もって「どんなお題がきても瀬戸くんにする」と言っておいた。だから茶化される心配はない。そうこうしている間に生徒が集まったようで、一年生から順番にスタートだと言われる。女子から始まるので、早速出番だ。

バァン、とスタート音が鳴り、一番で正面のメモを掴む。開いた紙に書かれていたのは。

(お、瀬戸くんにピッタリ)

変なお題がきたら、なんて心配する必要なかった。そう思いながら、自分のクラスへと向かおうとする。しかし、その前にすぐ隣の三年生テントが視界に入ってしまった。そして、兄の姿も。


「……あ、あのっ!」

御幸先輩と喋っているから、きっと暇なんだろう。そう思った私は、二人に声をかけてしまう。

「借り物競争、”足の速い人”なんです」

あれだけ瀬戸くんへ念押ししていたのに。何なら念押ししなくても、瀬戸くんが妥当なお題だったのに。

だけど、”足の速い人”と書かれた紙をみたら、幼い頃見た兄の姿を思い出してしまった。

「……足の、」

真っ直ぐこちらを見てくる兄の視線に耐えきれず、御幸先輩との間の、何もない空間を見てしまう。少しの沈黙、破ったのはどちらでもなかった。

「……俺行こうか?」
「あん?」
「倉持靴履いてねえし、俺行ってくる」

そういって、御幸先輩は立ち上がる。確かに、足速そう。
なんて思っていたら私の前をぐんぐん走っていく。何とか頑張ってすぐ後ろを追って、余裕の一着だ。



「……すみません御幸先輩、ありがとうございます」
「いいって、暇だったし」
「瀬戸くん、テント遠くて」
「一年生は端だもんなー」

走り終わり、自分のテントで戻りがてら御幸先輩を送る。聞かれてもいないのに、なんで声をかけたのか言い訳しながら。

「よかったらジュースでも奢りましょうか」
「いいよ気遣わなくて」
「新作のジュース、飲みません?」
「派手な色した?」
「はい、微妙な味の」
「いらねえわ」

笑いながら、御幸先輩は先ほどとは打って変わって、私の歩幅に合わせて歩いてくれる。とはいえ、私も遅い方ではない。気付けば三年テントまで戻ってきていた。

「まだ倉持寂しそうだな」
「あはは、戻ってあげてください」
「じゃ、また金曜日」
「ありがとうございました」

それだけ言って、ひらひらと振られた手を見つめる。その先には、さっきと変わらずあぐらのまま座る兄がいた。

(せっかく”足速い人”ってお題だったのに)

イケメンとは言えない。好きな人っていうのは、語弊がある。このお題ならと声をかけたが、その後のやり取りは上手くいかなかった。御幸先輩が気を使ってくれて何とかなったものの、なかなか自然に喋るタイミングは作れないまま。

やっぱり、無理に喋ろうとしない方がいいのかな。小さくため息ついて、クラステント前で運動靴を脱ぐ。

「おう糸ヶ丘、また一着だったな」
「御幸先輩のおかげでね」
「お題なんだったんだ?」
「……メガネの人」
「俺呼ぶって言ったのに」

一年テント遠かったからね、なんて言って。「兄に声をかけたかったから」という言葉は誤魔化してしまった。


***


「お疲れさん、”足の速い人”」
「嫌味か」

借り物競争から戻ってきた御幸にわざとらしく言ってやれば、文句を言いながらまた俺の隣に座る。さっきと違って、靴を脱いで楽にし始めた。

「そんなお題なら瀬戸呼べばよかったのにな」
「一年テント遠いからだってさ」
「借り物競争にも本気かよ」
「ははっ確かに」

昔から、くだらないことでも本気だった。下手なくせにゲームやろうとするし。俺と競争しようとするし。そういうところは、相変わらずなのか。

「……俺のが速いのに」

そんな言葉をつい零してしまった俺に、だらしない顔をしていた御幸の表情が少し固まる。何だと睨めば、わざとらしくグラウンドに視線を向けて喋り始めた。

「あーいや、俺も最初は倉持って言うつもりだったんだけど」
「……けど?」

「糸ヶ丘さんが俺のとこ来てくれたんだって思ったらさ」

へらへら笑う御幸なんて散々みていたのに、今まで以上に苛立ってしまう。

「別にお前じゃねえだろ」
「俺しか知り合いいなくね?」
「俺だって、喋ったことくらいあるわ」
「でも糸ヶ丘さんは倉持の足なんて知らねえだろ」

知っているわ。そう言いそうになって、とっさに唇を噛む。勝ったと思ったのか、御幸はまたムカつく顔をし始めた。

「なあ御幸」
「どうした?」
「お前、もしかして……好きなのか」

誰を、とは口にしない。できない。

「……別に告白しようなんて考えちゃいないよ」



その返事が否定になっていないと、御幸自身は分かっているのだろうか。

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