小説 | ナノ


▼ 05

「瀬戸くんや」
「ん?」
「自販機のジュース、新作が入ったんだって」
「へえ」
「入ったんだって」
「……へー」

月曜日のお昼時、隣の席になった瀬戸くんに声をかける。

「ということで、一緒に行こう」
「まーた不味かったら俺に押し付けるのか」
「安心して、口付けずに飲むの上手いから」
「ま、タダならいいけど」

そう言って瀬戸くんは立ち上がる。一階の自販機まで行くのは面倒と私を見捨てた友人たちに見送られながら、私たちは階段を降りた。



「……微妙」
「ほらみろ」

意気揚々と押した自販機から落ちてきたそれは、随分と派手な色をしている。そして味も、パッケージに負けず劣らず独特な物だった。

「見るからにハズレだろ」
「でも美味しい可能性が」
「……糸ヶ丘、もしかして毎月するつもりか?」
「えへへ」

だって他の友達は来てくれないし、浅田くんはこういうの苦手らしい。こうして構ってくれる瀬戸くんに感謝を伝えるとともに、まだたっぷり残っているペットボトルを見る。

「で、それどうすんの」
「うーん、飲めないこともないんだよね」
「なら頑張れ」
「瀬戸くんには別で一本奢ってあげよう」
「おっいいのか?」
「この間のノートのお礼ね」

そういえば貸しがあったな、なんて言いながら、瀬戸くんはスポーツドリンクのボタンを押す。付いてきてもらうだけになるのは申し訳なかったから、ちょうど借りがあってよかった。

「お、瀬戸か」

なんてやり取りをしていれば、聞き慣れない低い声が背後からした。私の存在に気付いていないのか、それとも瀬戸くんが一人だと思ったのか、声の主はそのまま隣を通り過ぎて自販機へと進む。

「倉持先輩」
「お前もう食べ終わったのか」
「昼飯の量は何とか」
「それなら大丈……、」

会話しながら小銭を入れて、ようやく私の存在に気付いたようだ。思わぬ遭遇に、私も向こうも黙ってしまう。

「俺のクラスの糸ヶ丘です」
「あ、ああ」
「前に言っていた陸上部の」
「あー……御幸にサボられたっていう」

どんな紹介をされているのか。私の隣に立った瀬戸くんの横腹をつつくも、楽しそうに笑うだけ。それよりも。

(……私だって、気付いていないのかも)

あまりにも反応が他人行儀だから、もしかすると忘れているのかも。そのことに多少の安堵と、そして同時に、苛立ちを覚える。

(こっちはお母さんの旧姓で分かったのに)

私なんて苗字も変わっていないじゃん。そりゃあ最後にあったのは十年前だけど、だからって分からないものだろうか。

でも仮に分かっていたら。

(……どっちにしろ、ここで明かさない方がいいんだろうな)

気付いていないなら、スルーがいい。
気付いていてこの対応なら、尚更スルーがいい。

そう思った私は、”クラスメイトの瀬戸くんが、野球部の先輩とお喋り”する様子を無言で眺めていた。

「じゃ、また放課後な」

そう言われた瀬戸くんは、短い挨拶を口にして、頭を下げた。私はとくに何をするでもなく、瀬戸くんと同じように踵を返す。その時。


「おい、おつり」

言われた声に振り向くと、こぶしを差し出してこちらを見ている。そういえば、さっき五百円玉入れたんだっけ。

「糸ヶ丘のじゃね?」
「そうかも」
「すみません倉持先輩」

小銭を忘れたのは私なのに、瀬戸くんが頭を下げる。上下関係って、難しいなあ。

「ん」

差し出された手に、おずおずと両手を出す。

「……すみません、倉持先輩」

先ほど瀬戸くんが発した言葉をそのまま借りて、お礼する。少し眉が動いた気がしたけれど、まだ短く「ん」と言うだけで終わった。

倉持先輩。なるほど、それでいいのか。

結局、妹だと気付いているのかは分からないまま。しかしどうやら「先輩と後輩」という関係性でいたらいいということは分かった。別にこれから関わる機会はなさそうだけど、問題が解決できたような気になって、少しスッキリした。


***


「倉持、なにそれ新製品?」
「おう」
「味どう?」
「……微妙」

ボタンを間違えたせいで、怪しい色したジュース買ってしまった。とりあえず飲むけど、何とも言えねえ味。

「御幸、やる」
「微妙って言いながら!?」
「お前の舌には合うかもしれねえだろ」

そう言いながら押し付けて、俺は飯を広げる。先ほど自販機であったやり取りを思い出して、やってしまったと後悔した。


「……すみません、倉持先輩」


俺は苗字も変わって、身長だって伸びて。おまけに他人行儀な呼ばれ方をされた。普通に考えたら、かのえは俺のことを「野球部の先輩」としか思っていないようにみえる。だけど、なぜか分かってしまった。

(多分、かのえは気付いている)

倉持先輩、と言った時にした、僅かな仕草。それだけで察せてしまった。十年離れていた妹の隠し事に気付けたことに自分で驚く。

だけど、俺だって分かった上であの反応。きっとどう反応していいのか分からなかったんだろう。俺だって分かんねえ。あの時言えばよかったのか、そもそも御幸が謝るタイミングで顔を出せばよかったのか。

「お、意外と美味いぞ」
「マジかよ引くわ」
「倉持が要らないって言ったから飲んでやっているんだろ!?」

ぎゃーぎゃー騒ぐ御幸を見て、ふと、あることを思い出す。

「……御幸って、親父さんだけだっけ」
「? どうした突然」
「いや、やっぱ何もねえ」

何を聞くべきか分かっちゃいないのに、なぜか口にしてしまった。中途半端に投げた質問を途中で止めて、御幸に謝る。何となく話題が家族のことだと察したからか、御幸はそれ以上何も聞いてこなかった。

「……さっき瀬戸と会ったんだけどよ」
「おう」
「糸ヶ丘と一緒に居た」

糸ヶ丘、と口にしてみる。かのえが俺を”倉持先輩”って呼ぶんだったら、俺が”学校の後輩”を呼ぶならこれが正解だ。

「そういえば同じクラスだっけ」
「ああ」
「まだ六月だってのに、仲良いな」

まだ六月。もう六月。俺が学校に来るのは、あと数か月。

「お前は何年経ってもジュース買いに行く女友達なんて出来ねえだろ」
「倉持も同じじゃん」
「それもそうだ」

俺はかのえにジュース一本買ってやれない。そんな関係じゃないから。

もしいつか、俺がかのえと家族に戻れたら、そういう日もくるのかも。そんときはジュースじゃなくて、飯でも奢ってやるのに。なんてあり得ない未来を一瞬考えてしまった頭を揺さぶり、とんでもねえ色したペットボトルをぼんやり見つめていた。

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