小説 | ナノ


▼ 04

「糸ヶ丘さんって走る人?」

貸し出しカードの期限チェックをしていれば、御幸先輩から突然そんなことを聞かれる。

「走る人、とは」
「陸上部だよな」
「ああ、走る人です」

種目のことか。短距離走と答えてもよかったのに、使われた言葉そのままに返事をする。多少私に関心があるのか、また質問を乗せられた。

「短距離?」
「はい」
「足速いんだ」
「そこそこに」

素直に肯定するのは恥ずかしいから、誤魔化しながら返事をする。それに気付いてしまった御幸先輩は、ニヤニヤしながら「へえ」と相槌を打ってきた。

「御幸先輩は何する人ですか」
「ボール捕る人」
「みんなとりますよね」
「キャッチャーって言って分かる?」
「奥村くんと同じですか」
「そ」

少しばかりの知識を絞りだして会話する。当たったようでちょっと嬉しい。正直いうと、奥村くんが何をしている人なのかは分かっちゃいないんだけど。

「つーか奥村と仲良いのか」
「どうでしょ、挨拶くらいは」
「瀬戸とは知り合いだったんだっけ」
「挨拶くらいですね」

そう答えていくと、なんだか仲が悪いように捉えられるかもしれない。しかし、実際挨拶程度の関係しかないのは事実なわけで。

「他に野球部で知り合いいるのか」
「うーん、挨拶だけなら沢村先輩も」
「……なんで沢村?」
「浅田くんといたら、顔を覚えられまして」

いつだったか、ノートを運んでいた時に遭遇して以来ちょくちょく声をかけてくれるようになった。沢村先輩経由で、あと数人喋ったことはあるけれど、わざわざ名前をあげるほどでもないかな。

なんて考えていれば、御幸先輩が何とも言えない顔になっている。眉間がぐぐと寄っているそれは、どういう表情なのだろう。

「……糸ヶ丘さんって、友達多いタイプ?」
「そんなことは」
「でも俺よりは確実に多い」
「まあ……そこそこに」

今までの会話から、何となく御幸先輩の交友関係の狭さは察していた。倉持洋一とは随分仲が良いのだと思っていたけれど、実は単純に他の知り合いが少ないだけなのかもしれない。

「御幸先輩は友達ほしいんですか」
「いや別に」
「なら気にしなくても」
「だけどさー、話しかけにくいって思われるのは困ることあるだろ」

思いもよらぬ方向に会話が進んで少し驚く。だけど別段そうは思っていないので、素直にそれを伝えた。

「話しかけにくいですかね?」

チェックを終えた貸し出しカードを棚に戻す。返却本の確認でもするかな。そうして御幸先輩の隣に積まれている本を一冊取ろうとすれば、先輩は無言でこちらを見る。

「……なんでしょうか」
「俺って話しかけやすい?」
「やすい、ことはないですけど」
「けど?」
「にくい、こともないです」

別に普通だ。多少話題の幅が狭いけれど、頭の回転は早いと思う。こちらが年下だからと、偉そうにされることも、バカにされることもない。

「そっか」
「はい」
「……そっか」
「(……何なんだろう)」

突然黙り込む先輩に、今しがたの発言を早速撤回したくなってきた。考えてみれば、話しかけるネタがなければ関わることもない気はする。だけど、うんうん頷く御幸先輩に対して、わざわざ否定するのもどうかと思った私は、無視して図書委員の仕事に集中した。


***


「瀬戸は混合リレー?」
「おう」

夕飯時、そんな一年たちの会話が耳に入ってきてしまった。そういえばそろそろ体育祭か。

「あとのメンバーは?」
「女子は陸上部の糸ヶ丘」
「げ、C組勝利決定じゃん」

何となく耳にしてしまっていた会話だったが、かのえの名前が上がって余計に意識を向けてしまう。まだこんな時期だってのに、もう足が速いって認識されているのか。

「男女の学年一位いるのずりぃよな」
「D組も陸上部多いだろ」
「長距離ばっかりいてもなあ」
「マラソンに期待だな」

盗み聞きしていたのは俺だけじゃないようで、正面から呟きがこぼれてきた。

「……糸ヶ丘さん、学年一位なんだな」

声の主は、御幸一也。週一回の図書委員でペアを組んでいるだけのはずが、結構喋るような間柄になっているらしい。

「そういう話、しねえのかよ」
「しないなあ、俺も向こうもお互いの種目詳しくねえし」
「お前から野球とって、喋る話題あるのか?」
「それが、意外とあるんだよ」

嫌にやわらかい御幸の表情に苛立ちが起こる。たかだか週一回、たった一時間のやり取りしかない癖に、なんでそうも馴れ馴れしくしているんだ。

「女子の流行り聞いたり、最近の曲教えてもらったり」
「教えてもらってばっかかよ」
「俺だって自販機に新しいの入ったって教えてあげたからな」

しょうもねえ知識しか披露できていない御幸に、よくコイツと会話できているなと、少しだけかのえを尊敬する。俺ですら野球以外の話題で御幸と喋り続ける自信ねえのに。

「あと、糸ヶ丘さんも地元違うからその話とか」

御幸が何の気なしに出した話題は、俺の興味を引くのに充分だった。

「家族の都合で引っ越したんだって」
「……へー」
「そういうところも、似ているなあって」
「誰と」
「ん? 俺と」
「ああ、そういう」

また俺と似ているって言われるんじゃないかって、期待してしまったことを後悔する。悟られたらと不安になったけれど、御幸はバカだから「長澤まさみには似てねえよ」なんて言い始める。バカでよかった。

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