小説 | ナノ


▼ わがまま聞かない成宮くん

「ねえ鳴くん」
「んー」

実家へ帰る途中だから、寄ってみた。そう言って私の家に上がってきた鳴くんは、ドンと荷物を置き、私をベッドに座らせて横になる。太ももの上に乗る頭を撫でながら、荷物がぎゅうぎゅうと詰まった彼の鞄をぼんやり見つめる。

「お願いがあるんだけど」
「んー」
「稲実のユニフォーム着てみたい」
「……えー」

今にも眠り落ちそうな瞼をうっすら開いて、私を見上げてくる。もしかしたら、と思ったけれど、またすぐに青色は見えなくなり、ごろんと私のおなか側に顔を向けた。やわらかい髪が足を触ってくすぐったい。

「駄目」
「ちぇっ」
「ユニフォームは特別なんだから」
「まあ、そうだよねえ」

そう言われるとは思っていた。袖を通すくらいなら許されるかな、と思ったのは甘かったようだ。彼シャツなんて可愛らしくはならないけれど、鳴くん云々を抜きにしても、高校野球を観ている身として稲城実業のユニフォームというのは憧れがある。

「……俺の制服ならいいけど」
「それはいらない」
「なんで」
「別に鳴くんの着たいわけじゃないし」
「なんで!」
「うわ、ちょっと何すん」

ボスンッ

最後まで言い切れないまま、私は鳴くんに引っ張られベッドへ倒れこんでしまう。仰向けになっている私の視界には天井と、馬乗りになっている鳴くん。

「彼シャツしたいんじゃないの」
「彼シャツっていうか、稲実のユニ着たい」
「なら勝之が貸すって言ってきたらどうするのさ」
「……仮定が極端じゃない?」

鳴くんの言わんとすることは分かるが、もしそんなことになればビビッて頷いてしまうと思う。だってあの白河くんの親切なんて。無下にしたら余計ヤバい。鳴くんも自分の例えが悪かったと気付いたのか、再度質問を投げかけてきた。

「じゃあカルロ」
「うーん、神谷くんのは別に」
「なら雅さん」
「もう稲実じゃないじゃん」
「翼くん」
「……それは」
「あーっ!今ちょっと考えた!」

しまった。原田先輩と同じように返せばよかったのに、思わず考えてしまった。先ほどまで自身の胸元で組んでいた鳴くんの手が、私の頬に伸びてくる。

「い、いひゃい」
「許さん」
「ごめんって」
「やだ」

こうなってしまっては、何を言っても無駄である。それが分かっている私は、こちらも彼の頭に手を伸ばす。

利き手で彼のつむじを撫でて、そのまま両腕をするんと首元へ回す。ほとんど力なんて入れちゃいないけれど、鳴くんはそのままストンと私のベッドに落ちてきてくれた。私をつまんでいた鳴くんの手も、するりと離れる。二人で横に並んで、ただただベッドへ寝転がる。

「……許さん」
「もう、意地っ張りなんだから」
「かのえから手出してくれたら許すかも」

唇をとがらせて、そんなことを言ってくる鳴くん。不貞腐れている彼はいつも発言がかわいい。仕方ないなあと思いながら、私は両腕でぎゅうぎゅうと隣の彼を抱きしめた。そして――




「……今、何時」

気が付くと、隣に鳴くんはいなかった。おまけに窓の外も暗い。上半身を起こし働かない頭を精一杯回して考えたけれど、抱きしめてからの記憶はなかった。

「やっと起きた?」
「げ、」
「俺に言うことは?」
「……寝ちゃってごめんなさい」

どうやら鳴くんは先に起きていたようだ。私の勉強机に座って、自分のケータイを触っている。ちょっと髪が乱れているから、彼も寝ていた……と思いたい。しかし私が寝てしまったからこの結果になったのは変わらない。ベッドの上で正座して、思いっきり頭を下げる。

「ま、別にいいけど」
「でもせっかく鳴くんの休みだったのに」
「今度の休みこそは寝ないでよ」
「はい」

念を押され、私もしっかり頷く。そうすれば彼も納得したようで、既にまとめられていた鞄を持った。

「もう帰るの?」
「もう夜だからね」
「……駅まで一緒してもいい?」
「トーゼン」

これは「当然許す」じゃなくて、「当然送らないと許さない」という意味だ。財布と鍵をコートへつっこみ、荷物を持つ鳴くんの後を追おうとする。

「あれ」
「かのえどうした?」
「私のケータイ知らない?」

枕元で充電していたはずなのに、ない。もしやコートに入れたかと叩くも、やっぱりない。慌てる私をみて鳴くんが「ああ」と小さく声をこぼす。

「机の上」
「ほんとだ」
「充電切れそうだから気をつけなよ」
「……まーた中見たでしょ」
「ちょっとだけ」

ケータイを見るのに、ちょっとも何もないと思う。ロックをかけているけれど、毎回覗き込んでくるからパスワードはバレてしまっているせいで、鳴くんは勝手に私のケータイを見る。別に浮気を疑っているわけじゃないらしいけど、私の予定を見たり、友達と行った店を知りたいらしい。

「誰かから連絡あった?」
「なーい」
「じゃあ置いていこうっと」
「……一応持ってはいけば?」

そう言われて、私は画面を確認しないままポケットにつっこんだ。私のせいで終わった久しぶりのお家デート終了が今更名残惜しくなって、いつもよりちょっとだけ距離を詰めて駅まで歩く。



「じゃ、俺行くから」
「帰ったら連絡してね」
「母親かよ」

鳴くんのツッコミに、私もそう思ったと笑う。鳴くんは鞄を持っていない方の手をひらひらとあげて、改札を通って行った。そのまま階段を昇るまで見送ろうとすれば、ふいに振り返ってくる。


「ねえ」

「かのえは今から連絡頂戴」


それだけ言って、少し小走りで駆け上ってしまった。危ないなあ、と思いつつケータイを取り出せば、今朝まで待ち受けにしていた実家の猫が消えている。代わりに。

「あ、」

画面に写っているロック画面には、稲城実業のユニフォーム。背番号1だ。よく見れば、うつ伏せに寝ている私に掛けているらしい。

(ユニフォーム、着ているように見えるかも)

駄目だって言われたから諦めていたのに、鳴くんは気にしてくれていたのかな。私のケータイを触るのも、勝手に写真を撮るのも、散々文句言ってきた。だけど今日ばかりはありがとうって連絡しようかな。

なんて思っていれば、通知が鳴る。

『どういたしまして』

先ほど見送った彼からの連絡に、思わず笑みが零れる。私からの連絡が遅いから、我慢できなかったのかな。順番が逆になった「ありがとう」を急いで送ってあげた。

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