小説 | ナノ


▼ 03

「御幸先輩、今日は覚えていましたね」
「任せとけって言っただろ?」

自慢気に図書室へ現れたのは、大きな弁当箱を持った御幸先輩。先週サボったから今日は大丈夫だと考えつつも、到着が遅かったので疑ってしまった。

「三年の教室、遠くてさ」
「それもそうですね」
「倉持に急かされなきゃあと五分は遅刻していただろうな」
「……倉持」
「ああ、同じクラスの野球部」

さりげなく”倉持さん”の話を聞けたら。そう思って今日やってきたのだが、まさかこんなにも早く話題にあがるとは。そして。

「仲良い人ですか」
「仲良いっていうか……同じ部活で同じクラス」

男子ゆえか、それとも本当に仲が良いわけではないのか、素直に友達だと認めない御幸先輩。しかし本人の態度とは裏腹に、どうやら”仲のいい”人であるようだ。おかげで私は、彼の言う”倉持”が私の知る人物だという確信を徐々に得ることができた。



「――倉持って、確か」

御幸先輩から謝罪を受けた土曜日、家に帰った私はすぐアルバムを引っ張り出した。私の記憶が正しければ、多分。
バラバラと勢いよくめくったページ、手を止めた結婚式の写真にはその苗字が書かれている。

(やっぱり、お母さんの旧姓だ)

それを確認した私はアルバムを戻し、部屋に戻ってケータイを持つ。「青道高校 野球部」と検索バーに入力した。確かこの間、甲子園行ったはず。全国に行くレベルなら、メンバーの名前も載っているかも。

(……青道高校、倉持洋一)

予想は当たっていて、調べて一番上に出てきたニュース記事に思い描いたフルネームが見つかる。どういう順番なのかは分からないけど、一番上に名前が出ていた。

(レスリングやめたんだ……というか、なんで東京に)

写真はないから同姓同名の可能性はある。けれど、記事内で名前に添えられた「俊足の」という単語は、私の確信を強めるのには充分だった。ケータイを置いて、深くため息をつく。

(離婚してから、十年経つのか)

両親が離婚した時のことを思い出す。千葉から離れられなかったお母さんと、引っ越さなければならなかったお父さん。どちらが悪いわけでもなかったから、私は父親についていくことにした。だって、向こうが母親と居たいっていうから。

(……そういえば、喧嘩別れしたんだっけ)

すっかり忘れていた、最後の日キレて私に殴りかかってきたんだ。そのまま会っていないけど、もしまだ怒っていたらどうしよう。

話しかけるつもりもないが、そこだけは確認しておきたい。まず本人かどうかを確かめないと。


そう思っていたのだが、聞き回らなくとも本人であることはすぐ分かった。

「寮っつっても、寝る場所同じだけだし」
「同じ部屋で仲良くなったり?」
「ねえな」
「そうなんですね」

昼休みに入ってすぐは、他に生徒がいないからカウンター内の奥テーブルでご飯を食べる。終わったらカウンターに座って図書委員の仕事。食べ終わると生徒も増えてくるから、それまでに聞けたらいいな。なんて思っていたら、案外人生は上手く回るものである。

「あ、でも倉持のとこは誕生日祝い合っているらしいけど」
「へえ」
「来週の火曜日は倉持誕生日だし、またあるんじゃねえかな」

来週の火曜日、5月17日生まれ。名前だけでほぼ確信は持っていたけれど、それを後押しするよう情報が入ってくる。誕生日まで同じの他人ってことは、流石にないだろう。

「誕生日把握しているって、やっぱり仲良いんじゃないですか」
「日が一緒なんだよ、俺が11月で倉持が5月」

しかし、これからどうしたものか。兄側が気にしていないから、話しかけた方が自然かも。そう思ったが、続く御幸先輩の話を聞いて、私は考えを改める。

「後輩と二日だけ同い年になるから、毎年タメ口聞かれるんだってさ」
「えっ怒らないんですか」
「キレてるよ。あいつ関節技かけるし」
「……へえ」

もしまだキレていたら不味い。またぶん殴られるかも。そう考えた私は、なるべく三年棟に近づかないよう決意する。

しかし。

「でもアイツA型だからか細かくてさ」
「へえ」
「糸ヶ丘さんは何型?」
「私もA型です」
「ちなみに俺は何型だと思う?」
「……とりあえず、図書委員の仕事しません?」

思いのほか御幸先輩は、倉持洋一と仲が良い様子だった。

(何事もなく、一年が終わりますように)

兄が卒業するまで、平和に過ごせたらいいな。そう願いながら、私は図書カウンターへと移動した。

***

「よう倉持、働いてきたぞ」
「当然だアホ」

先週サボった図書委員、帰ってきた御幸は自慢気に喋る。

「糸ヶ丘さん怒ってなくて良かった」
「流石に三年相手じゃ怒れねえだろ」

俺の席のすぐ傍に立ちながら、御幸がそんなことを言い始める。図書委員の仕事なんざどうでもいいと思ったが、かのえの名前が出たからそのまま聞いてやる。

「糸ヶ丘さんなら怒りそう」
「なんだそれ」
「結構ハッキリ物事言うタイプでさ」
「……ふーん」

なるべく興味なさそうにして、御幸の話に耳を傾ける。かのえは昔から人懐っこいタイプだった。今も変わらねえんだな。

「……御幸が女子と喋るのって、めずらしいな」

だというのに、思ったことを口にしてしまった。妹のことを”女子”と言ってしまったことに、自分で気持ち悪さを感じる。しかし御幸は気付いていない様子で、しれっと返事をしてきた。

「確かに。あの子喋りやすかった」
「なんだそれ」
「女子って雰囲気じゃないんだよな」
「女子じゃねえのか」
「なんだろ。倉持と話しているのと同じ雰囲気」

多分、御幸が言いたいのは「異性の空気がない」ということだとは思う。だけど同じだと言われた俺は、何とも言えない気持ちになってしまった。


(――最後の日、手あげちまったんだ)

親父が家を出て行った日、かのえの頬を叩いたのは今でも忘れちゃいない。くだらない喧嘩はたくさんしたけど、その時のことはどうしても納得できなくて、思わず手をあげてしまった。

(今更会っても、何言っていいのか分かんねえよ)

殴ったことは、謝るべきだと思う。だけど、それで仲直りしたところでどうしろって言うんだ。向こうだって困るはず。

「あ、血液型も倉持と同じA型だって」
「だからなんだよ」
「俺何型だと思う?」
「知るか席戻れ」
「糸ヶ丘さんにも似たような対応されたー」
「マジで戻れ」

俺が卒業するまであと数か月。一年生と関わることなんて、よっぽどない。このまま何も知らなかった顔をしてやり過ごそう。ウザい御幸を無視して、俺はそう決心した。

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