小説 | ナノ


▼ 02

「あー……行きたくない」
「行けや」
「倉持ついてきて」

朝飯の最中も御幸はあーだこーだ言っている。今日は青道のグラウンドで練習試合だから、それまでに陸上部に顔出して謝る予定だ。

「……短距離か」
「え、もしかして来てくれるのか」
「行かねえよ」

ちんたらしている御幸の椅子にまた今日も蹴りを入れ、さっさと行けと罵る。御幸も御幸で、月曜日に行くよりかはマシだと思っているようではあった。

「行きたくねぇー……でも一年生の教室行くよりマシかな」
「だからさっさと行けよ」
「なあ倉持、せめてグラウンド前まで!」

どうしても心細いようで、そんなことを言ってくる。グラウンド前なら、まあいいか。ついでに確かめたかった。

(同姓同名、ってこともあるし)

しかし考えれば考えるほど、十年前に別れたっきりの妹としか思えなかった。二歳下で、短距離走。年齢は変わることないし、昔から俺に似て足が速かった。

「……グラウンド前までな」

確認したところでどうしようもないけれど、早くこのモヤモヤを晴らしたかった俺は、御幸の頼みに渋々乗ってやることにする。




「……倉持」
「ああ」
「もう練習始まっている」
「そうだな」

あからさまに落ち込む御幸だが、ここまで来てしまっては行くほかねえだろ。背中を蹴って、まだ準備運動中の陸上部の元へ向かうよう指示する。

「まだ準備運動しているヤツいるだろ」
「えー……喋ったことない」
「喋ったことあるヤツ陸部にいるのか?」
「いない」

だろうな。そう思って眺めていれば、去年俺たちのクラスで学級委員長をしていた女子が見えた。御幸も同じ視線を持っていたようで、ゆるゆると近づいていく。

委員長は突然現れた御幸に驚いた顔をしている。一年の女子を探している、なんて怪しさしかない質問だったろうに、御幸が聞いてくるなんてよっぽどだと思ったんだろう。身振りですぐ場所を説明してくれている様子だ。
話が終わった御幸は、すぐにこちらへ戻ってきた。来なくていいから本人のところへ行けよ。

「今ドリンク作っているんだってさ」
「さっさと行ってこい」
「倉持も、」
「一人で行け」

ちぇ、とわざとらしい拗ね方をして、御幸はまたグダグダと歩いていく。外の運動部がドリンクを作るってなれば、部室棟の水道だ。俺は距離を開けながらも、御幸の後に続く。


「あ、糸ヶ丘さん」
「……御幸先輩?」

蛇口の止まる音がして、入れ替わるように糸ヶ丘かのえの声が聞こえる。想像していたよりも、少し低い。

「えっと、委員長に場所聞いて」
「?」

部の先輩が去年のクラス委員長だなんて、新入生が知るはずないだろう。口にした御幸も思っただろうし、向こうも疑問を持っているようだ。しかし、察しのいい年下の方が話題を振る。

「あ、もしかして図書委員サボったの、謝りに来てくれました?」
「あー……そういうことです」
「あはは、来週でよかったのに」
「早く謝りたくて、ごめんな」
「いーえ、お気になさらず」

想像していたよりも低かった声。だけど、語尾が少し伸びる喋り方も、笑う時に声が高くなるのも、十年前に散々聞いたものだった。

(間違いねえ、かのえだ)

確信を持ったところで、飛び出す勇気もなれけば、あとで話しかけに来るつもりもない。ただ、かのえで間違いないのかは知りたかった。知ったところで、俺にはどうすることもできないってのに。

「じゃあ、来週はお願いしますね」
「おう、任せとけ」

あいつの声だけに集中していたら、いつの間にか会話が終わったらしい。また水道の音が聞こえて、御幸の足音を気にする前に本人が視界に入ってきた。

「なんだ倉持、いたのか」

名前を呼ぶな。その意思をこの場で口にすることができなかった俺は、無言で御幸の尻を蹴る。痛えよ、なんて声だけがこの場に残った。と、この時の俺は思っていた。だから。


「……倉持?」


御幸の残したもう一つの声を、かのえが拾っているだなんて思いもしなかった。

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