小説 | ナノ


▼ 01

「しまった」

夕飯を食べながら明日の練習試合について話していたタイミングで、突然御幸が声をあげる。

「んだよ突然」
「倉持、どうしよう」
「何が」
「委員会、忘れてた」

そんなこと知るか。無視して話を戻そうとしたけれど、わざとらしく頭を抱え始めたから仕方なしに聞いてやる。

「そもそもお前、何委員だっけ」
「図書委員」
「今日の昼か?」
「そう」

素直に聞かれた質問へ答えていく。なんでコイツ、図書委員なんて面倒なモンになったのかと思ったが、そういえば俺がジャンケンに勝って掲示委員になれなかったんだっけな。

「明日土曜日だし、週明け謝りに行け」
「……月曜かあ」
「行けよ?」
「ウッス」

不服そうな御幸に念を押す。自分が悪いという自覚はあるからか、一応返事はきた。しかし、表情はまだ渋いまま。

「なんで不満気なんだよ」
「一緒に担当なった人、挨拶しか会話したことなくて」
「お前にしたら大体の人間がそうだろ」

同じクラスになってよくつるんでいるが、コイツに話しかけてくるヤツなんて野球部しかいない。一年生の時はどうだったか知らないが、二年生の時も野球部以外と絡む姿は見たことないからお察しだ。

「でもさあ倉持」
「つーかペアって誰」

聞いても分かる気はしなかったけど、一応聞く。御幸は名前すら忘れたのか、捻りだして名字だけ口にする。

「一年生の……糸ヶ丘って人」
「……糸ヶ丘?」
「倉持知り合いか?」
「いや、知らねえ」

一年生なら分かるわけねえ。そう思ったが、聞きなれた”糸ヶ丘”という苗字に思わず反応してしまう。しかし御幸が謝りに行くのを躊躇している理由が分かった、年上の癖にサボったなんて余計に肩身狭いだろうな。

「……一年生に仕事押し付けたの」
「ナベ、引かないで」
「フツー引くだろ」

隣で聞いていたナベちゃんも、流石に口を挟みたくなったらしい。ナベちゃんに言われて、ようやく御幸も素直に反省し始める。俺が言った時からその態度にしろや。

「そもそも倉持がジャンケン勝たなきゃ、」
「ああん?」
「嘘です、ごめんなさい」

責任転嫁してこようとする御幸にガン飛ばし、黙らせる。

「つーか同学年と組むもんじゃねえの」
「放課後やりたくないって言ったら、3年生いなかったんだよ」
「なら向こうも部活しているのか」
「それは知らない」
「運動部なら明日もいるんじゃねえの?何組?」
「知らない」

役に立たない御幸にため息をついて、食堂に残っていた一年生たちを見る。ある程度人数いるし、誰かは同じクラスのヤツいるんじゃねえかな。立ち上がり、一年たちの方を振り向く。

「食っているとこ悪い、一年生で糸ヶ丘ってヤツいるか」

まだ食べ終わっていない奴もいるけど、いつ食い終わるか分からねえし。お前も来いと御幸の椅子を蹴れば、ゆるゆる立ち上がって俺の背後にピッタリ付いてきた。うぜえ。

「……!」
「お、浅田のクラスか」
「……っ、」
「すまん、食ってからでいい」

顔を合わせる一年たち。なかなか心当たりがいなかったようだが、唯一浅田が手をあげる。必死に咀嚼する浅田を待っていると、背後から声が聞こえた。

「糸ヶ丘って女子の糸ヶ丘ですか」

既に食べ終わっていた瀬戸が、食器を戻してこちらへ向かってくる。そういや浅田と同じクラスだっけな。

「御幸、そうなのか?」
「うん」
「それなら俺たちのクラスにいますよ」

無事に分かって一歩前進。あとはその”糸ヶ丘”という女子が御幸の言っている”糸ヶ丘”と同一人物かどうかだ。

「瀬戸、その糸ヶ丘って図書委員か?」
「……あー流石にそこまでは」

そりゃそうだ。クラスメイトの委員会なんざ覚えているはずない。しかし、ようやく食べ終わった浅田が答えてくれる。

「……多分、図書委員だったはずです」
「浅田、お前よく他人の委員まで覚えているな」
「隣の席なんです。午後の授業始まる前に『一人で委員の仕事した』ってボヤいていたので、多分そうですよ」

間違いなく、御幸に仕事を押し付けられた糸ヶ丘のようだ。ボヤかれていたと聞き、御幸は更に怖気づく。

「……倉持、どうしよう」
「謝るしかねえだろ」
「だよなあ」

俺と御幸のやり取りから、何が起こったのか察した瀬戸が御幸に声をかける。

「糸ヶ丘はいいやつなんで、言えば分かってくれますよ」
「ならいいけど……つーか、瀬戸もう女子と仲良いのか」
「仲良いってほどでも」
「……まだ五月なのに性格把握しているとか、充分仲いいだろ」

背後でぼやく御幸の意見には俺も同意だ。他クラスの女子の名前なんて、入学して早々覚えることなかった。しかし、瀬戸はすぐに否定する。

「元々知っていたんですよ。俺、中学校では陸上部だったんで」
「瀬戸はシニアだっけ」
「はい。シニアない日に陸上部の手伝いしてて」

部活外――シニアチームで野球やってきたヤツは、中学校で幽霊部員していることが多いって聞いた。瀬戸もそのパターンで、シーズンオフには陸上やっていたようだ。

しかし、それを聞いて少し身構える。陸上部で、糸ヶ丘。まさか。

「……その糸ヶ丘って女子は、陸上部か」
「そうです」
「だったら明日もいそうだな……御幸、分かったな?」
「……ウッス」

ようやくひと段落ついて、御幸と元いた机へ戻ってくる。どうやら一年生たちの間は、”糸ヶ丘”の話題がまだ続いている様子だ。水を汲みに席を立っていた奥村が、瀬戸に話しかけているのが聞こえてきた。

「拓、何の話だったんだ」
「分かんねえけど、糸ヶ丘に用事あるんだって」
「糸ヶ丘?」
「ほら、陸上部の」

ピンと来ていない様子の奥村に、瀬戸は頑張って説明を続ける。食堂が嫌に静かだったせいで耳に入ってしまったその会話は、俺を固まらせるのには充分だった。なぜかって。


「糸ヶ丘かのえ。短距離走で有名だった人だよ」


瀬戸の口から出てきたのは、十年前に別れたっきりの、俺の妹の名前だったからだ。

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