▼ 友人へ報告する(愛さば)
「――ってことだから、よろしく」
「まず俺の都合聞くべきだよね?」
雅さんがこっちで試合のあった翌日、月曜日。呼び出されて向かった店にいたのは雅さんと、そして糸ヶ丘だった。
「なんで糸ヶ丘がいるんだよ」
「結婚報告」
「……は?」
二人だと思っていたのに、当然のように雅さんの隣へ座っている糸ヶ丘。なんでいるのか、それを尋ねればサラリと返事をされてしまう。
「結婚……するの?」
「式はシーズン終わってから、場所はこの紙」
「ああ、うん」
「成宮は雅より早く暇かもしれないけど」
「暇じゃねーし!雅さんと優勝争いするっつーの!」
失礼なのは相変わらず。こっちの話を聞かないのも相変わらずだ。この時代でも紙の手帳を使っている糸ヶ丘が、自分のを開けてカレンダーをトントンと叩く。シーズン後のページに唯一赤色で予定が書かれていた。結婚式。
「式の席、雅側はプロ関係者もいるけど、成宮は高校のテーブルでいいよね」
「え、うん」
「余興は雅のチームのうるさい人に声かける予定」
「あーあの人ね」
一応相づちは挟む。でも糸ヶ丘は俺の返事なんて全然聞いていない様子だ。どんどん進んでいく会話で、俺は自分の言葉を伝えられないでいた。
「で、知人からの挨拶は成宮ね」
「……はい!?」
突然の発言に驚くも、糸ヶ丘は相変わらずの調子で説明を続けた。
「文章のチェックあるから、近くなったらもう一度会うから」
「それはいいけど、その前に、」
「あんまり変なこと書いたら容赦なく消す、真面目に考えてね」
「するし!するけど!」
「ってことだから、よろしく」
「……まず俺の都合聞くべきだよね?」
そして、冒頭に戻る。
「……そういうことだ」
「雅さん!こいつに説明させないで!」
「すまん」
雅さんの方も糸ヶ丘に喋らせるんじゃなかったと思っているっぽい。まさかこんな業務連絡になると思わなかったようだ。ったく、相変わらずなカップルだよ。
「分かったらやり直し!」
「……めんどくさ」
「なんか言った!?」
「あーはいはい。成宮、この日暇よね?」
「投げやり!そうじゃなくて!」
「じゃあ何なのよ」
俺がやり直したいのはそこからじゃない。もっと最初の、第一声への返事から始めたいんだ。それに気付かない糸ヶ丘は眉をしかめて、気付いてくれた元女房は「ああ」と小さく声をもらして糸ヶ丘に耳打ちをする。
「かのえ」
「何よ雅」
「鳴にもう一回言ってやれ」
別に、雅さんが言ってくれてもいいんだけど。両腕を組んで、改めて報告を受けた。
「……入籍することになりました」
サラッと流そうとしたのは、もしかしたら照れ隠しだったのかもしれない。そう思えてしまうほど、糸ヶ丘は恥ずかしそうにしていた。他のヤツから見ればいつもと変わらない、すました顔に見えるかも。だけど俺には分かる、こいつ、照れてやんの。
「……おめでと」
「ん」
「雅さんも!」
「ああ、ありがとうな」
そう、このやり取りをしたかった。いつかは来るって絶対信じていたけど、実際くると、なんか、じわじわとこみ上げてくるものがある。っていっても、ここで泣いてやったりはしないんだけど。
「ってことで、成宮スピーチお願いね」
「あーもう、仕方ないな……あ、」
「何よ」
そういえば、さっき余興は雅さんのチームメイトがするって言っていた。どんな雰囲気とか、もう決まっているのかな。流石に他のくだりは真面目だろうけど、余興もふざけた雰囲気なら、俺もちょっと遊んだ内容でもいけるかも。
「余興ってどんなノリ?」
「知らない」
「知らないって……きちん確認しなよ」
「まだ頼んでないもの」
「そうなの?」
糸ヶ丘の言葉を受けて、雅さんの方をみる。嘘はないようで、雅さんもでけえ顔を縦に動かした。
「籍入れるのも、選手にはまだ言ってねえ」
「えっ早く言いなよ」
「義理があるだろ」
「だからチームメイトには早く、」
そこまで言って気付く。もしかして、いやでも糸ヶ丘がそんな気遣い俺に対してしてくれるはずがない。なんて思いながら淡い期待を持って前を見れば、糸ヶ丘が小さくため息をついた。
「両親と球団の偉い人には言ったわよ」
「えっと、つまり……?」
「成宮を後回しにしたら面倒でしょ」
「言い出したのはかのえだけどな」
「ちょ、雅!」
かのえが言った。親指を隣に向ける雅さんに、糸ヶ丘が慌て始める。
「なんで私が言ったって!」
「事実だろ」
「でも雅だって同意していたじゃない!」
「ま、鳴にはさっさと言わねえとうるさそうだしな」
夫婦喧嘩(仮)を始める二人を見ながら、くすぐったい気持ちになる。両親に報告して、球団の人にも報告して。つまり糸ヶ丘に至ってはまだ職場に言っていないっぽい。そんな順番で、俺への報告を優先してもらえるとは思ってもみなかった。昔と違って、二人と会うことなんてほとんどなくなったのに。
(……こういうの、懐かしいな)
糸ヶ丘のお弁当作りに協力したり、雅さんの勘違い正してあげたり。高校時代の出来事を思い出していく。面倒なカップルだと思っていたけど、なんだかんだで楽しかった。と、思う。
「ちょっと成宮、一応義理として優先させたんだから」
「はいはい、分かってるってば」
「結婚式でも働いてもらうし、あんたテレビ出演多いから早めに言っただけだから」
「わーってるって」
俺に早く伝えるって提案したこと、そんなに隠したかったのか。まくし立てるように俺へ念押しする糸ヶ丘。昔から変わらないって、俺のことはどうでもいいって思われていたけど、案外そうでもないっぽい。
「この成宮鳴様が、最高の結婚式にしてあげる!」
そうとなれば、こっちだって全力で頑張るしかないね。胸を張って宣言すれば、雅さんのでけえ顔と、糸ヶ丘の長い長い髪が小さく揺れた。
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