小説 | ナノ


▼ プロポーズを仄めかす(カナリア)

「無事に終わった……!」

とあるホテルの結婚式会場――その1つ下の階にある控室で、靴を脱ぎ捨てた私はソファへ倒れこむ。

ようやく切れた緊張の糸に、横になって溶けるように休み始めたタイミングで、勢いの良いノックと、返事も待たないドアノブの音が聞こえた。

「お疲れ様!」
「……成宮、せめてノックの返事くらい待ちなさい」

そうやって注意したところであんまり意味はないんだろうけれど、一応告げておく。案の定成宮はそんな忠告を無視してズンズンと部屋の中へ入ってきた。

「結婚式、無事に終わってよかったね〜」
「成宮も、立派なスピーチで安心した」
「俺だからね!」

今日の式は、同じ事務所のフリーアナウンサーである後輩の結婚式だ。お相手が成宮の同級生ということで、スピーチは彼が担当した。「そこまで仲良かったわけじゃない」と言いながら、しっかりと学生時代の思い出を語ってくれたのは、印象深く残っている。

「そっちもアナウンサーって感じだったよ、今日の司会」
「それはどうも」
「アドリブ何もなくてつまんなかったけど」
「うっさいわね」

そんなことする余裕なんて、司会初心者の私にできるはずもない。ソファに転がったままの体勢で、成宮を睨み上げる。だけど全然効果はない。成宮はにこにこと、ソファの近くまでやってきて視線を合わせるようにしゃがんでくれる。

「ねえねえ」
「何かしら」
「今日ってもう予定ないの?」
「んー……一応声はかかっているけど」

花嫁とは個人的にも出かけるくらい仲はよいものの、一応私は会社の同僚枠なわけだから、二次会へ参加するわけにもいかない。同業者は当然朝も早いアナウンサーも多いので、大々的な集まりは予定されていなかった。

とはいえ、一緒に番組をしたことのある女子アナから「終わってからどうですか」と、形式的なお誘いはあった。

(私というよりも、”私の彼氏”とのツテがほしいんだろうけど)

せっかくお誘い頂いたのだからと思うところもあったのだが、少し考えて、成宮へ返事をする。

「……ま、行かなくてもいいかな」
「ならさ、そのままデート行かない?」
「え、やだよ」
「えーっなんで!?」
「疲れたから休みたい」

だから私はこうしてソファに寝転がって休んでいる。だというのに、この男は「なんで」と文句を言いながら、私の頬を突いてきた。

「あーはいはい分かった、じゃあ私の部屋来ていいから」

諦めておうちデートたるものを提案したものの、成宮は不満げな顔をする。

「やだ!」
「……はい?」
「外でデートしたい!外!」
「なんでよ面倒くさい」

のそっと起き上がってソファに座り直す。寝転がっていた私が占領していたソファのもう片側に、成宮も座った。

「だって久しぶりに会えたんだよ?」
「そうね、だから部屋でのんびり、」
「せっかく綺麗な恰好しているんだから、外でディナーしたい〜〜!」

足をバタバタさせながら、そんなわがままを言ってくる。確かに私は司会をしていたおかげで料理を食いっぱぐれているが、成宮はしっかり食べていたはず。まだ食べるつもりなのか。

「そうはいっても、成宮はホーム戻らなくていいの?」
「明日は先発じゃありませーん、メンテで病院だから全然OK!」

全然オーケーなことはないと思うけど、ともかく夕飯を摂るくらいの自由はあるそうだ。

「んー……でも流石にこの恰好じゃ行けるお店限られてくるし」

そういいながら、私は自分と、そして成宮の服装をみる。
どうみたって結婚式に参加していたとしか思えない、完璧なドレスコード。加えて私も成宮も前で喋る機会があったものだから、いつも以上に気合いが入っていた。ともかく、これでそこらの居酒屋には入れないだろうってことだ。

私だって、久しぶりに会えたんだから、外で会ったりもしたい。だけど一旦家に帰ってまたでかけて、というのは、正直時間がもったいないという気持ちの方が大きい。

小さくため息をついて隣をみれば、成宮はにんまりと笑っていた。

「じゃあ逆にさ、”この恰好じゃないと行けないお店”に行くっていうのは?」
「……つまり?」
「良い感じの店、この間見つけたんだよね」

成宮が見つけてくるようなお店、なおかつこんな服装じゃないと駄目ってことは、つまりなかなかの高級店ということだ。

「ちなみに、成宮は行ったことあるの?」
「1回だけ」

おまけに行ったこともあるらしい。成宮は舌だけなら、絶対的に信用できる。

「で、どうする?」

にんまり笑う成宮は、私が彼のお店チョイスが大好きだっていうことを、重々承知している様子だった。

「……お店ってどの辺り?」

素直に行きたいと言えない私は、すっ飛ばして店の住所を確認する。何でもない風に、立ち上がって荷物を片付け始めるも、そんな私の性格を把握しているから、成宮は特につついてくることもなく、そのまま返事をくれた。

「ここから車で30分くらいかなー」
「何駅?」
「ん? 助手席乗ってくれていたらいいから」
「えっ一緒に行くの?」

てっきり現地集合かと思ったのに。そういえば、成宮はムッとする。

「あのさ、付き合っているんだから別によくない?」
「ごめん、そういうのじゃなくって、」
「じゃあ何?」

ソファにだらりと座っていた成宮が立ち上がって、私の腕を掴む。あまりにも真剣に、まっすぐこちらを見てくるので、小さな理由で現地集合しようと思っていた自身に恥ずかしさを覚える。

「一回家に戻ろうかと」
「なんで?メイクも服もそのままでしょ」
「ちょっと取りに行きたいものが」
「わざわざ?」

首をかしげる成宮。そりゃそうだ、成宮が車を出して、外食の時は成宮が財布を出してくれる。私は身一つあればいい。

なら、わざわざ何を。そんな視線がいたたまれなくなり、私は掴まれた腕とは反対に顔を逃がしながら呟く。

「この間もらった指輪、今日ないから」

付き合ってすぐ、成宮から指輪をもらっていた。その時はまだ仕事が忙しくて結婚を見据えることはできなかったから、婚約でも何でもない、デザインの凝ったオシャレ指輪。今日は服装も考えて置いてきたのだけれど、成宮と出かけるのなら付けて行きたい。

(絶対茶化されるだろうな)

それを伝えれば確実に彼はからかってくる。そう思いつつ見上げれば、思いのほかその顔は自慢気な顔はしていない。だけど、優しい表情をしていた。

「指輪、今日は大丈夫」
「本当?絶対文句言ってくると思ったのに」
「むしろ今日は指輪しなくていいよ」
「……そう?」

今日は指輪しなくて、と言われるのは、つまり。

最近ようやく仕事が落ち着いてきた。ライターとしての仕事も増えたし、高校野球の仕事は来年から後輩が引き継いでくれる。全国飛び回る機会も、今はほとんどない。会えるタイミングが分からないから、私のスケジュールはすべて成宮に報告している。だから彼も、私の仕事が落ち着いてきたというのは十分承知だ。

(ドレス着て、ちょっといい店に食事行くなんて、期待してしまっていいのだろうか)

私の考えが伝わっているのか定かではないが、成宮はパッパッと話を進めていく。とりあえず、今からメイクを整える時間はくれるようだ。成宮は何もないのかな。

「ねえ、かのえさん」

言われてようやく靴を履き、メイクポーチを取りに立ち上がる。交代するようにソファを独占し始めた成宮は、軽く笑って私を見上げた。


「期待してていいからね」


どうやら私の考えは伝わってしまっていたようだ。これは少々、時間をかけてメイク仕直さないと。

prev / next

[ back to top ]



×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -