小説 | ナノ


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「あれ、糸ヶ丘は今日メガネ?」
「……うっさい」

めちゃくちゃ不機嫌。その態度をまったく隠さず、糸ヶ丘は自分の席に座った。他のクラスメイトも遠巻きに見ている。眼球傷つけたとかかな、って思ったけど、よく見りゃ少し腫れている気がする。

「……雅さんと何かあった?」
「……別に」

それしか言わないので、もうこれ以上触れるのはやめた。糸ヶ丘の女友達も何があったのか聞けないまま、今日がそっと過ぎていった。





「ねーーー雅さん」
「なんだ」
「糸ヶ丘と何かあった?」

寮部屋まで押しかけて話をしにきた。雅さんは小さく舌打ちをする。やっぱり原因ココだった。

「何?喧嘩?」
「……鳴には関係ないだろ」
「えっ本当に喧嘩したの?」

このカップルの喧嘩なんて、お初じゃないのか。ちょっとわくわくしながら聞いてみれば、また舌打ちをされた。

「何々?原因は?」
「言わねえ」
「えーなんでさー」
「てめえに言ってどうなるんだ」
「解決できるかもよ?」

ノリで言ってみたけど、どうやら雅さんはワラにもすがりたいって状況らしい。少し考えて、喋り始めた。


「……あいつの進路希望、聞いているか」
「やんわりと?国公立志望だよね」

ようやく進学先の話したんだ。キレてるってことは、糸ヶ丘が雅さん追いかけていくって気付いたのかも。

「それは知らん」
「お、俺も糸ヶ丘が喋っているの聞いただけなんだけどさ!」

また面倒な嫉妬が始まるとマズイから、テキトーに誤魔化す。糸ヶ丘が喋っていた相手っていうのは俺なんだけど。嘘はついていない。

「具体的に場所とか聞いているのか」
「あーーえーーっと、」

雅さんが日ハムに指名されてから、雅さんと会いやすいところにしようとはしていた。2軍寮は千葉だとか、試合で東京にも来るだとか、色々言っていたけど結局北海道を視野にいれているっぽい。

(喧嘩の原因、多分糸ヶ丘が雅さん追いかけて大学選んでいるからだよな)

まだはっきりとは聞いていないけど、でも絶対喧嘩の理由はこれだと思うのでなんとか誤魔化しながら喋ろうとする。

「……鳴に進学相談はしねえか」
「あっ!でもお金かからないとこって言ってた!」
「学費か?」
「あと生活費とかも!都会と田舎じゃ違うよね?」

さり気なーく「雅さん以外の目的もあって北海道に行くんだよ」ってアピールをする。くそう、なんで俺がこんな焦って言い訳しなきゃいけないんだ。いや別にしなくてもいいんだけど。

正直、北海道の大学って何があるのか知らないし、どこにあるのかしらないけど、東京に比べたら物価は安いはず。勘で喋っているけど、多分大丈夫でしょ。


「それはそうだな」
「(な、納得してくれた〜〜!)」
「それなら……いやでも」
「つーか、雅さんは何にキレてんの」

ようやく怒りが収まってきたみたいだから、直接その話題をぶつける。結局キレている根っこはまだ教えてもらっていない。

「……進路聞いていたら、リハビリ学んだりするって話が出てきてよ」
「へー」

「だから『お前の人生なんだから、俺を基準にするな』って言ったんだ」
「えっ」

「なんだ」
「学部の話?進学先の場所とかじゃなくて?」
「場所なんざ聞いてねえよ」

てっきり「北海道まで追いかける、雅がいるから」とかいう話をしたのかと思った。それに対して「俺を基準にするな」ってことだったら分かる。でも。


「なんで糸ヶ丘がそっちの進路いくのか聞いた?」
「聞いてねえが、あいつスポーツなんて微塵も関わったことねえだろ」
「お母さんが病院勤めだからじゃないの?」

そこは聞いていたのか、雅さんの動きが止まる。たたみかけるなら、今だ。

「学部とか知らないけど、医療系ならそういうのも学ぶんじゃない?」
「……」

「だとしたら彼氏に全然見当違いなこと言われて、糸ヶ丘可哀想〜」
「……」

「別に雅さんのことなんて関係ないのにね〜自意識過剰〜可哀想〜」
「……」

「目腫らしてたし、絶対家で泣いていたよな〜……お母さん今日も夜勤らしいし、ひとりで泣いているのかな〜かわいそ、」


そこまで言ったら、雅さんは突然立ち上がり、ウインドブレーカーを引っ掴んで寮部屋を出て行った。時計を見れば、結構遅い時間。


「……糸ヶ丘のお母さんが夜勤かどうかまで、俺が知るわけないっての」

もしかしたら糸ヶ丘のお母さんは家にいるかもしれない。だけどせっかくだし顔合わせして挨拶しておいてもいいでしょ。どうせいつか会うんだろうし。うん。

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