小説 | ナノ


▼ 25

「……糸ヶ丘?」
「成宮じゃん、お疲れ」
「お疲れー……じゃなくって!」

最近は暗くなるのが早いから、投げるのやめて走り込み中心のメニューになっている。今日も同じようにほとんど生徒が帰ったような時間に戻ってくれば、なぜか糸ヶ丘が下駄箱のとこにしゃがんでいるのが見えた。

「なんでまだいるわけ?」
「勉強していたのよ」
「宿題?」
「あんたと一緒にしないで」

普通の質問をしただけなのに、糸ヶ丘はすぐキレる。確かに、糸ヶ丘は出された宿題は次の休み時間には終えているヤツだ。最近は声をかけてくれるクラスメイトが増えてきたから次の次の休み時間だったりもするけど、どっちにしろすぐに取り掛かっている。

「自習しているの」
「わざわざこんな時間まで?」
「図書室閉まる時間だからね」
「家ですればいいじゃん」

確か糸ヶ丘は、一人っ子だ。親も仕事であんまりいないって言っていたから、帰ってからすればいいのに。

「帰ってからもするわよ」
「げーガリ勉こわ」
「優等生とおっしゃい」
「つーかそれなら尚更家でいいじゃん」
「……残ってやった方がやる気出るの」
「あー確かに家だと集中切れるもんね」

よく分かんなかったけど、確かに学校のがやる気出るって人いるから、そういうタイプなのかもしれない。俺は勉強なんてどこでもやる気でないし、野球はどこでも完璧だからよく分かんないけど。

「あ、そうだ」
「ん?」
「成宮のど渇いてない?」
「そりゃあ走ってきたから」

「この間の200円分、今奢る」

そう言って糸ヶ丘はようやく立ち上がる。

「200円?」
「雅の帽子の200円」

そう言われて、やっと分かった。つばに何書いてあるか教えてあげたやつだ。だけど、なんで今更。

「随分と前の借りだね」
「聞いてくれる?」

今まで散々「200円くれるなら」と糸ヶ丘の頼み事を聞いてきたけど、糸ヶ丘から返すと言われたのは初めてだ。

「実は最近雅とその話してね、」
「あーもういい。詳細はいい」

どうやらあのネタがきっかけで雅さんとイチャイチャっぽい。で、今更の感謝ってわけか。雅さんと糸ヶ丘の惚気話はどうでもいいし、俺も忘れていたくらいだから別に今更返さなくてもいい。

とはいえ、奢ってもらえるっていうから下駄箱横の自販機までやってきた。でも戻ってから濃い目のスポドリあるし、ジュースでも買ってもらおうかな。

(流石に今はホットの気分じゃないしなー……ん?)

走ってきたばかりだから、冷たい方がいい。そう考えながらふと隣の糸ヶ丘をみれば、随分と鼻が赤かった。

「糸ヶ丘こそあったかいの買えば?」
「うん?」
「さみーんでしょ」
「んー……今はいいや」

あったかいのは100円。そのくらい買えばいいのに。そう思ったけど、そういえばコイツ、ケチなんだった。もしかしたら俺に奢ろうとしている200円もなけなしの200円かもしれない。

「ったく、100円分譲るからホット買いなよ」
「えっいらない」
「いらないって何!?」
「さっさと借りを消したいし」
「普通の優しさだっての!」

見返りがないとホットコーヒーすら奢らない男だと思われているのか。ちょっとムカついて糸ヶ丘の耳を掴んでやる。

「ちょ、気持ち悪い!触らないで!」
「気持ち悪い!?」
「なんか成宮の手、ぬくくない?」
「そりゃあ走ってきたからね!」

普通に引いた顔をされて慌てて説明する。このくらい、ちょっとした茶番じゃん。まるで俺が不審者みたいな反応にイラッときたけど、また何かしたらまた冷たい目で見られそうだから止めておいた。


「あーもういいよ!じゃあジュース2本買って!200円!」
「はいはい」

面倒になってきたから、とりあえずこの間の借りだけ返してもらうことにした。ガコンと音がなり、落ちてきたペットボトルを俺が拾う。糸ヶ丘の手はつめてーから、これ以上はなんか可哀想だったし。

「そういえば糸ヶ丘ってチャリだっけ」
「うん」
「真っ暗だけど」
「そうね」

買ってもらったオレンジジュースをさっそく空けて、ちょっとだけ飲む。やっぱり温かいやつのが良かったかな。糸ヶ丘と無駄口叩いていたら身体が冷えてきた。

「……なんかあるとあれだし、家まで、」
「送らなくて結構よ」
「はあ?」

せっかく俺が気を利かせてやったっていうのに、全部言い切る前に断りやがった。

「あーはいはいそうですか!」
「うん、平気」
「なら勝手に帰れば!?俺はもう戻るからね!」
「じゃあね」
「ほんとーに戻るから!知らないから!」
「戻りなよ」

小さくため息をつかれて、またカチンときた。ふんと顔を背けて、本当に寮へと向かってやる。ちょっとしてから振りむけば、糸ヶ丘はまた玄関口の方へ戻って、同じ場所に座った。

(もうちょっと危機管理しろっての!)

女なんだから、こんな暗い中帰るなんて馬鹿なんじゃないの。せっかくこの俺が、わざわざ送ってあげようって言ってやったのに。

でも本当に糸ヶ丘がひとりで帰ってなんかあったら困るな。いや、困るっていうか、夢見悪いっていうか。

歩くスピードをゆるめて考えていれば、正面から雅さんがやってきた。


「何やってんだ」
「雅さん!」
「もう飯の時間だぞ」
「雅さんこそ」
「三年はもう食い終わってる」

夏が終わってから、俺たちと雅さんたちの予定はちょっとずつ変わってしまった。食事や風呂なんかはその典型で、寮母さんたちが楽できるようにって三年生たちは少し早めに食べるようになった。

「雅さん走り込み?」
「ああ」
「頑張るねー」
「そりゃ、まだ終わらねえからな」

そう言って、雅さんは俺が来た道を走っていく。どこ走るか分からないけど、このままいけば玄関は通るし、糸ヶ丘に気付いてくれるかな。それなら俺は戻っても平気だ。安心して歩き始めると、

――チャリン

通り過ぎた先から、小銭のような音がした。そこに見えるのは、ドスドス走る雅さんだけ。

(あ、そういうことか)

夏が終わってから糸ヶ丘が居残り勉強するようになったこと。あんなに鼻真っ赤にしていても、あったかい飲み物を買おうとしなかったこと。俺が送るって言っても断ったこと。

(ぜーんぶ、雅さんがいるからか)

ようやく分かった。今度は俺が小さく息をつく。糸ヶ丘の耳触っている時じゃなくてよかった。雅さんとすれ違ったのが今でよかったとしみじみ感じながら、俺はもう一度ジュースを口にした。

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