小説 | ナノ


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「成宮、一生のお願い」
「お前何回蘇ってくるわけ?」

パンと両手を合わせ、俺の席の前に立つ糸ヶ丘。ため息をつきながら、隣の席に座るよう促す。

「寮のお弁当、写真撮らせて」
「……は?」
「あとできたら朝と夜も、写真撮って送って」
「やだよ面倒くさい」
「写真撮るくらいできるでしょ、やって」

お願いがあるって言ってきたのに、なんで命令口調になるんだよ。どうせ雅さん絡みのことだと思うから、こっちも強気に出る。

「飯食っている時にケータイ出すと怒られるし〜」
「なら食べる前に、」
「やってもいいけど、それなりの対価はもらうよ?」
「……具体的には」

内容によって変わるらしい。何も考えていなかったから、パッと思いつくものを順番にあげていく。

「1週間分の宿題」
「代わりに解くのは駄目、雅が怒る」
「じゃあテストの山張り」
「山張らないし」
「……冬休みの課題、面倒みて」
「乗った」

結局、大した対価はもらえなさそうだ。そういえばコイツは根が真面目ちゃんなんだよな。口調はヤンキー染みたところある癖に。


「じゃ、今日から2週間お願いね」
「2週間も!?」


***


「鳴は最近なにやってんの?インスタ?」
「寮母さんのごはん投稿するわけないよね!?」

正面に座るカルロが話しかけてくる。今は集中しているから待ってほしい。
何が入っているか、それと量も分かるように。糸ヶ丘からの言いつけを守るため、俺は真上からと斜めからと、丁寧に写真を取っていく。

「……マジで何やってんの?」
「糸ヶ丘が寮のメシ教えろって」
「お前ほんと糸ヶ丘に弱いなー」
「弱くない!利害の一致!」

とはいえ、ここまで頑張っても俺は勉強を見てもらうだけなんだった。もういいかな、なんて思っちゃったりしたけど、だんだんと増える糸ヶ丘の指の絆創膏を思い出すと、結局シャッターを押してしまう。

「つっても、そんだけ仲いいとさ、」
「仲は良くない、協力者ってだけ」
「……そんだけ協力し合っていると、雅さんに怒られねえの?」
「んー……嫉妬ぶつけてきてウザい時もあるよね」
「あるのか」

ようやく写真を撮り終えて、飯にありつく。糸ヶ丘に送るのはあとでいいや。


「雅さんも我慢できなくなったら糸ヶ丘に注意するだろうし、それまでは話聞いてやろうかなって」
「へー」
「何だよ」

「鳴は糸ヶ丘に執着しているのかと思ってた」
「はあ?」

なんで俺が。本気で嫌な顔をしていたら、カルロが謝ってくる。

「ああワリィ。何つーか、女子と仲良くするのめずらしいから」
「はー?俺モテモテなんですけど?」
「じゃなくて、普通に友人として」

サラダを掻っ込む手を止める。そう言われると、確かに女友達っていないかも。でも高校生にもなって異性と友達っていうのがそもそもあんまりない気がする。

「……前提として、糸ヶ丘とは友達じゃないんだけどさ、」
「あーそうだったな、はいはい」
「雅さんから注意されたら、糸ヶ丘は俺と喋らなくなるのかな」

今度はカルロが手を止める。


「分かんねえけど、とりあえず今年いっぱいは平気じゃね?」
「今年いっぱい……」
「来年は糸ヶ丘も受験で雅さんとも会えないだろうし、相談する事もないだろ」

言われてみれば、確かにそうだ。でも糸ヶ丘は何かといえば俺を頼ってくるようなヤツだし、雅さんが卒業しても、結局俺離れはできないと思うんだよね。

「でも、あいつ野球のこと何も知らないし」
「プロの生活はお前も分からねえだろ」

「応援行ったりするのも、一人じゃ分かんないと思う」
「鳴は一緒に行ってやれねえじゃん」

「キャッチャーの考え方とか」
「捕手やったことねえくせに?」

「で、でもさ!」

「捕手の気持ちを考えられるようになったのか」


突然低い声が割って入ってきた。顔をあげると、雅さんがいた。


「雅さん今日は外部練スか?」
「ああ」
「雅さんすぐ俺の隣くるよね!」
「他のヤツらがお前の隣避けるんだろ」
「あー、俺左利きだからか」
「うるせえからだよ」

そうこう言いながら、雅さんは俺のお盆を押して、俺の右隣に座ろうとする。ほらみろ、結局俺が左利きだから右に来るんじゃん。

「つーか雅さんそこまでしてここ座らなくてよくない?」
「お前がまたなんかやっているって聞いたから」
「言っておくけど、頼んできたのは糸ヶ丘だからね?」
「……やっぱりアイツ絡みか」

雅さんは少し不満そうにする。文句を言うまではしてこないけど、ちょくちょく嫉妬はしてくるんだよな。面倒くさい。ちょっと面白いけど。

「大丈夫、今回は寮飯の写真送っているだけだから」
「メシ送ってどうすんだ」
「彼女の手作り弁当食べたいって駄々こねたのは誰かな〜〜?ん〜〜?」
「……チッ」

ぶっちゃけ、どっちから話題に出したのかなんて知らなかった。だからテキトーに言ってみたんだけど、マジで雅さんから頼んだっぽい。彼女にわがままいう雅さん、あんまり想像したくないな。


「つーかお前らそんなに連絡取り合ってんのか」
「…俺は写真しか送らないし、糸ヶ丘からは「感謝」って文字だけだよ」

嫉妬丸出しの雅さんへ「ほら」とケータイを向け、糸ヶ丘とのやり取りを見せる。俺が3枚4枚くらい写真を送って、そのたびに糸ヶ丘から「感謝」って文字がくる。絵も色もない、めちゃくちゃつまらない連絡画面。

それをみた雅さんは、安心を通り越して逆に心配し始めた。


「……これは流石に素っ気なさ過ぎねえか」
「雅さんは俺と糸ヶ丘がどうあってほしいの!?」
「いや、仲良くされるのもどうだが、これはどうなんだよ」

そうこう言いながら、雅さんはごはんを食べ始める。俺も食べようかと思ったけど、言われてみたら糸ヶ丘とのやり取りが気になってきた。

確かに、改めてみても写真もしくは「感謝」の文字しかないやり取りが、スクロールしてもずーっと続いている。業務連絡ですらない。


そんな画面をみていたら、もうちょっと別の返事もほしくなってきた。糸ヶ丘が反応してくれそうな話題ないかな。

「ねーカルロ、糸ヶ丘が反応くれそうな話題ない?」
「俺のパンツでも送る?」
「絶対無視されるわ」
「糸ヶ丘が反応するって言ったら……ひとつだろ」

そういってカルロは視線を俺から少し横にずらす。あ、そっか。簡単なことがあった。



――パシャッ


「……おい、今なに撮った」
「雅さんの顔」
「人が食っている様子を勝手に撮るんじゃねえよ」
「餌を与えすぎては……痛っ!!」
「何書いてんだ」
「あ、ちょっと!」

雅さんにケータイを奪われる。さっき糸ヶ丘に送った雅さんの写真に、タイトルを付けようと思ったのに。雅さんは送信を取り消そうとしているけれど、既に糸ヶ丘は見た後だ。

そして、タイミングよく通知音が鳴る。


俺のケータイを持っている雅さんの耳が、段々赤くなる。口を半開きさせている間に奪い返せば、その間もポンポンと通知音が止まらない。


【ありがとう】

【よく分かんないけど、ありがとう】

【かわいい】

【成宮天才】

【本当にありがとう】


絵も色もないのは相変わらずだが、今までにないくらい怒涛のありがとうが届く。あと、「かわいい」ってのも。かわいいはちょっと理解できないけど。雅さんは居たたまれなくなったのか、そこからは俺を無視して無言でごはんを掻っ込んで、さっさと部屋に戻ってしまった。


よく分からないけれど、糸ヶ丘に感謝されるのは優越感がある。それから俺は、ちょくちょく雅さんの隠し撮りを送るようになった。

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