小説 | ナノ


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「糸ヶ丘さんって、やり手よね」
「分かる〜」

(? 糸ヶ丘の話題だ)

昼休み、レギュラーメンバーの集まりが終わって教室へ戻る途中、中庭を突っ切っていたら、空き教室の窓からそんな声がもれてきた。普通に通り抜けようとしたけど、カルロに襟首を掴まれる。

「ぐえっ」
「ストップ」
「ちょっとカルロ!何すん、」
「静かにしろ」

振り向くと割と真面目な顔をしたカルロがいたので、言われる通り黙ってやった。すると、窓の向こうから悪意がもれてくる。

「原田先輩、プロ行くんだって」
「そこまでの人だったなんて知らなかったよ」
「糸ヶ丘さんって入学してすぐ目つけたんでしょ?流石よね〜」

今度は自分の意思でその窓に向かっていこうとしたら、それもカルロに止められる。

「なんで止めるのさ」
「鳴が出て行ってどうするつもりだよ」
「文句言ってやるに決まってんじゃん」

今喋っている女子に向けたい怒りの表情をカルロに見せれば、カルロも目を細める。感情は同じだ。だけど、考えは違う。

「無鉄砲な庇い方したら、糸ヶ丘が余計に言われるだろ」
「じゃあどうしろってんだよ」
「どうって言われると困るけど、」
「……そりゃ、糸ヶ丘は野球を知らないけどさ」


糸ヶ丘は確かに、野球を知らない。
雅さんと付き合うまで、ルールも分かっていなかった。いまだにドラフト制度のことも理解していないし、プロ野球の本拠地も場所すら把握していない。多分、メジャーリーグのことなんてもってのほかだ。

「でもあいつ、それなりに頑張ってんじゃん」

だけど糸ヶ丘は必死だった。ルールも覚えて、いつ試合があるのか調べて、交通費計算して、お小遣い貯めて。貧血起こすからって全然似合わない帽子を被って練習試合も応援に来て、でも雅さんの迷惑になるからって黙っていて。

「口悪いだけなのに、なんであんな言われなきゃいけないのさ」

糸ヶ丘は口が悪い。雅さんと喋っている時はどうなのか知らないけど、オブラートに包むとか、そういうことを全然しない。でも、根が腐っているわけじゃない。腹立つことはあるけど、酷いことは言ってこない。

「……鳴が分かってやれていたら充分だろ」

そういって、カルロは笑う。俺はまだイライラしているってのに、何なんだよコイツ。かと思えば、カルロは立ち上がって、部室の方へ戻っていく。何しているんだと見ていると、ちょいちょいと手招きされた。よく分からないと首を傾げたままそちらへ歩けば、カルロはまた校舎の方へ歩き始める。まじで何がしたいんだ。


「……雅さんって彼女とどうなってんのか鳴は知っているのか?」
「は?」

なんで突然そんなことを聞いてくるんだ。意味が分からず黙っていれば、肘で突かれる。あ、なるほど分かった。

「……それがさー、雅さんのために裁縫したり予定合わせたりすごく必死!」

ありのままの事実を、カルロに向かって喋る。俺たちはちょーーっと声が大きいから、他の人に聞こえちゃうかもしれないけど。


「雅さんがあんな感じだから、連絡1つするのもすげー気遣ってさ」
「それは大変だな」
「成績落とさないように勉強も頑張っててさ」
「うちの高校で成績上位キープしているのすげーって思うわ」
「あとさあとさ――」





教室に戻ると、糸ヶ丘が本を読んでいた。図書室に行くって言っていたから、何か借りてきたのかな。

「糸ヶ丘、それ何の本?」
「ん」
「……”簡単お弁当レシピ”?」

必死に見ているから参考書とかそういうのかと思ったけど、見せられた表紙にはちっちゃいお弁当の写真が載っていた。

「雅さん、こんな量じゃ絶対足りないよ」
「量は増やすから大丈夫」
「つーか、料理できたっけ?」
「できないから読んでいるんだけど」

普通に考えたら分かるでしょ。相変わらずけんか腰な言い方をしてくる糸ヶ丘に、さっき庇ったことをちょっとだけ後悔する。

「お弁当作るんだ?」
「いや、まだそこまでは」
「じゃあなんで?」
「……上手くなったら、提案してみようかなって」

そう言いながら、本で口元を隠す。料理できないことは惜しげもなく言えるのに、のろけるのは未だ恥ずかしいらしい。

この数日後、糸ヶ丘の指に絆創膏が貼られているのをみて、やっぱり俺の行動は間違っていなかったなってちょっとだけ満足した。

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