小説 | ナノ


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「糸ヶ丘はどこで見るの?」
「家」
「お母さんと?」
「ううん、一人で」

お母さん夜勤だから。いつもの調子でそう言っているけど、すっげー緊張していそう。

今日は、プロ野球ドラフト会議の日だ。

「成宮はどうするの?」
「野球部は全員寮でみるよ」
「雅と一緒に待たないの?」
「うちの高校は生徒と監督だけだね」

他の高校は他のメンバーも囲んだりするけど、誰が入るってモメるから雅さんと国友監督だけ。林田部長は職員室でみるっぽい。

「糸ヶ丘はどこに行ってほしいってある?」
「分かんない……雅の希望が通ればそれで」
「雅さんはどこでもいいって行っていたけど」
「ならどこでもいい」

まだ8時間以上もあるっていうのに、糸ヶ丘の顔は強張っている。雅さんが選ばれないってことはないけど、俺も正直緊張している。1年後には俺も同じ立場だし、プロ行くから会うけど、糸ヶ丘からしたら人生かかった問題だもんね。

「北海道だったらどうすんの」
「……向こうに進学する」
「寒いの苦手なのに?」
「雅に会うためだもの」
「健気だねー」

昔、雅さんが北海道に行ったらイヤだと文句を言っていた。ちょっとは成長したっぽい。

「そりゃあ東京に居てほしいけど」
「そうだね」
「いや、でも6分の1で東京よね」
「そうだね」
「……考えてみたら、やっぱり北海道より東京のがいいわ」

手のひら返しも早い。結局、コイツはこういうヤツだ。

「糸ヶ丘さあ……あんまり他で言わないようにね」
「他球団応援していると感じ悪いから?」
「つーか、雅さん聞いたら多分泣くよ」
「雅は泣かないけど……でも、嫌がるなら止める」

そうしてこの話題は終わった。俺だって女房の評判落としてほしくないもんね。




そして夜、無事2位指名で雅さんの球界入りが決まった。行き先は、散々話題にした球団。

「……糸ヶ丘、どうしているかな」
「糸ヶ丘?そういえば、雅さんの彼女ってこれからどうすんの?」
「カルロは糸ヶ丘の執着心舐めちゃあいけないよ」

あいつは卒業してからも追いかけるつもりだ。それをいえば、ヒュウと口笛を吹く。とはいえ、あれだけ北海道に文句を言っていたけど、今どんな顔しているんだろう。

(あいつの家、確かスーパーの隣だったはず)

「俺、ちょっと出かけてくる〜」


***


(女ひとりの家に押しかけるのってどうなんだろう)

勢いで飛び出してきたけど、「糸ヶ丘」という表札の前まできた段階で、ようやくそれに気付く。流石に不味いかな。

「……ま、いっか」

糸ヶ丘だし。そう思って、チャイムを鳴らした。


「……成宮?」

ガチャリと扉をあけた糸ヶ丘は、夜だからか眼鏡をかけている。顔が小っちゃいのか眼鏡がデカいのか。黒いフレームのそれは、バランス悪く見えた。

「糸ヶ丘ってコンタクトだっけ」
「そうだけど……なんでいるわけ?」
「眼鏡サイズ合って無くない?」
「これはそういうデザインなの」
「へー、すっげー微妙」
「いやだから成宮は何しにきたの?」

「どうしているかなーって!」


ここより奥へ入ったら殺す。そう言われた俺は、大人しく玄関に座った。家庭訪問みたいだ。糸ヶ丘はお茶を持ってきてくれた。

「家庭訪問かよ」
「その通りじゃない」
「それもそうか」
「……で?」

靴を履いたまま玄関に座る俺の、隣にしゃがみ込む糸ヶ丘。大きい瞳が、俺を見る。

「雅さん、北海道だって」
「そうね」
「連絡きた?」
「落ち着いたら電話してくれるって、昨日約束してくれたの」

その口ぶりから、多分まだ落ち着いていないっぽいことが分かった。こんな夜中になってもまだ彼女に電話一本入れられないのか。来年の参考にしよう。

「……プロだよ、プロ」
「うん」
「北海道だけど、いいの?」
「うん」

そう返事をする糸ヶ丘は、なんだか嬉しそうだった。

「意外な反応」
「は?」
「もっと不貞腐れていると思ってた」
「私自身、北海道だったらどう思うか分からなかったけど、」

でも、名前が呼ばれた瞬間、良かったってことしか考えられなかった。

そう付け加える糸ヶ丘は、本当に嬉しそうにしていた。

「それに、試合って全国であるんでしょ?」
「お、詳しいじゃん」
「ふふん。私も勉強したの」
「じゃあ二軍の場所も?」
「二軍……?」

やっぱり知らなかった。まあ、球団ファンじゃないと知らないのかもな。

「日ハムって二軍の本拠地は千葉なんだよ」
「北海道って名前なのに?」
「うん」
「なんで千葉?」
「それは知らないけど……とりあえず!一軍あがるまではこっちいるんじゃない?」

ま、俺と組んでいたくらいなんだから、さっさと一軍上がって北海道行ってくれないと困るけどね。なーんて軽口たたいていたら、糸ヶ丘が動揺する。

「どうしたの?嬉しくない?」
「私……どこに進学すればいいの?」
「は?」

本気の顔をして、そんなことを聞いてくる。そんな大学の話、俺に聞いてもどうしようもない。


「北海道に行けばいいんだと思っていたのに!」
「じゃあ千葉の大学にいけば?」
「4年間も2軍にいるものなの?」
「分かんない」
「分かんないじゃ困るの!」

糸ヶ丘が俺に切れてくる。来るんじゃなかったと本気で後悔した。

そんなこと言ったって、雅さんがこれからどのくらい活躍するかとか、日ハムの捕手陣の状況とか、そこまで俺が知るはずもない。まあ捕手だから時間はかかりそうだけど、4年かかるかって言われたらもっと早いはずって、やっぱり組んでいた身としては望んでしまうし。

「えー……まあ試合あるし、東京の大学でいいんじゃない?」
「東京?二軍なら東京でも試合ある?」
「二軍の試合は追いかけたことねーわ」
「あんた野球好きなんじゃないの?」
「いや、二軍の試合まで追うのって、よっぽどのファンくらいだし……」

そもそも俺は、観るよりする方が好きだし。中途半端に口出しするんじゃなかった。俺は温くなった湯飲みを一気飲みして、ギャーギャー騒ぐ糸ヶ丘を放って糸ヶ丘家を後にした。

ったく、こんな元気なら心配しなきゃよかった。

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