小説 | ナノ


▼ 19

「ねえ成宮」
「なに」
「……やっぱいいや」
「何なの!?」

今日、このやり取りは3回目。朝に出会い頭1回。SHRが終わって1回。そして、昼休みの今に1回。糸ヶ丘の言葉は毎回俺の名前を呼ぶにとどまる。

「何!?糸ヶ丘ちょーうざいんだけど!」
「……成宮にウザいって言われるなんて」
「流石に言うよね!?言いたいことあるならさっさと言えば!?」

最初こそ、あの糸ヶ丘がめずらしくハッキリしない態度だっていうことで気を遣っていたけど、そろそろ本気でウザくなってきた。どうせ放課後になるまで名前を呼ばれ続ける気がするから、はやく言ってほしい。

「その、聞きたいんだけど」
「何を?雅さんのこと?」
「というか……野球部の制度のこと」
「制度?」

ようやく口を開いた糸ヶ丘が、俺の言葉にこくりと頷く。

「雅って引退してからも野球続けているじゃない?」
「そうだね」
「あれってやっぱり、卒業するまでずっとなのかな」
「そりゃそうでしょ」

プロになるんだから、当然怠けるわけにはいかない。といっても雅さんはまだプロ行きが決まったわけでもないから、余計に緊張が抜けないと思う。

「こんな時にサボるわけにはいかないよね〜」
「……だよね」
「で、何?」
「それ聞きたかっただけ。ありがと」

そういうと糸ヶ丘は鞄から細長い封筒を持って立ち上がり、田中にそれを渡しに行った。田中はすっげー頭を下げてお礼を言っていて、糸ヶ丘は教室を出て行く。

気になった俺は、すぐ田中に声をかけた。

「田中」
「なんだ成宮」
「さっき糸ヶ丘と何喋ってた?」

隠し事ではないっぽくて、田中はすぐに教えてくれた。

「ああ、水族館のチケットくれた」
「水族館?」
「学祭の特別賞でもらったんだってさ。要らないから彼女と行けって」

そういえば、田中の彼女は糸ヶ丘が去年つるんでいた女子だったって聞いたことがある。遠回しに友達へ譲るのが、糸ヶ丘っぽい。

(――それで雅さんの予定知りたかったのか)

さっき俺が聞かれたのはコレがきっかけか。雅さんを誘おうか悩んでいたけど、諦めたんだ。

嬉しそうにしている田中からそのチケットを見ると、都内の水族館。期限は一年。ここだったら半日あればいけるし、卒業までに何とか雅さんも予定空けてくれそうなのに。

あーもう、ほんと遠慮しいなんだから。


***


「雅さんって魚好き?」
「あ?なんだ突然」
「いいから答えて」
「肉のが好きだな」
「食べる話じゃないよバカ!」

今日は外部で練習をしていたらしい雅さんたち三年生は、先に夕飯を食べていた。雅さんの隣が空いていたから、そこに滑り込む。雅さんは頭から秋刀魚にかぶりつきながら返事をくれた。

「食べるんじゃなかったら何なんだよ」
「魚は見て楽しむこともできるんだよ?知らない?」
「アクアリウムってやつか」
「そうそれ!そういうの!」
「興味ねえな」

あまりにもバッサリ切り捨てられてしまった。ぐぬぬ。雅さんは俺が糸ヶ丘のために動こうとしているのが分かったのか、直接聞いてきた。

「アイツに何か頼まれたのか」
「べ、べつにー?」
「……ったく、なんで鳴を頼るんだか」

呆れたようにぼやく雅さん。なんか、糸ヶ丘が悪いことしたみたいな言い方に、ちょっとイラッときた。

「……糸ヶ丘は何も言ってきてないよ、俺が勝手にやっているだけ」
「つっても、何かあれば鳴に聞いているんだろ」
「そりゃあ同じクラスだし」

雅さんが嫉妬しているのかと思って、俺は箸を止めて雅さんの方をみる。だけど雅さんは平然としながらばくばくとごはんを食べ進めている。

「直接聞けばいいだろ」
「聞きにくいことだってあるじゃん」
「鳴には聞けるんだな」

俺に妬いているんだなっていうのは分かった。だけど、まるで糸ヶ丘が悪いかの言い方に、俺はプチッときてしまった。

「……っ雅さんに糸ヶ丘の何が分かるんだよ」
「お、おい鳴!」

立ち上がった俺を、正面に座っていた吉さんと翼くんが窘める。だけど止まらない。


「聞けないに決まってんじゃん!ただでさえ野球部は暇なんてないのに、予定空けてくれるのかなんて聞けるわけないじゃん!」

「大体!雅さんが付き合った時に休みの日は会えないなんて言うから、糸ヶ丘はいつまで経っても気遣ってんじゃん!引退して時間の調整きくならちゃんと言いなよ!言ってないの雅さんじゃん!」

「文化祭の店員投票とかいう企画でゲットした水族館チケットだって、雅さんを誘えなくてクラスのヤツに譲ったりしちゃうんだよ!」


「せっかくあーんな胸強調したメイド服のおかげでゲットしたって、いう、のに……、」


途中、話がヤバイ方向に行っていると気付く。が、既に遅かった。あの後散々文句を言われたのに、また糸ヶ丘のメイド服の話題を俺の方から掘り起こしてしまうなんて。隣で大人しく座っていた雅さんが立ち上がる。ヤバイ。

「ま、雅さん落ち着いて!」
「雅! 鳴も悪気があったわけじゃなくてな?」
「そうだよ! ほら鳴、別に糸ヶ丘ちゃんのメイド服に何の感情もないよね?」

正直「めっちゃエロい」って思っていたけど、翼くんの言葉に全力で首を縦に振った。そのおかげか、雅さんはお盆を持って立ち去る。

「ま、雅さん!」
「……ちょっと出てくる」

キレたのか呆れたのか、よく分からない顔をしていた。ビビりながら黙っていると、雅さんのケータイが置き忘れてあるのに気付いてしまった。

「雅さーん……ケータイはいいのー……?」

そう声をかけたら、ずんずん戻ってきた。あ、電話するつもりなんだ。



翌日、デレッデレの顔をした糸ヶ丘がいた。どこに行くのかは教えてくれなかったけど、多分、雅さんは魚は食べるだけじゃないんだよって気付いたんだと思う。

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