小説 | ナノ


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「かのえちゃん、これあげる」
「本当にいいの?」

隣のクラスの女子がやってきて、糸ヶ丘に何かを渡していた。ガサガサと袋を開ける糸ヶ丘のそれを覗き込んでみたら、中にあったのは。

「……クッション?」
「成宮、覗き見止めてくれない?」
「何?誕生日?」
「ってことでもないけど」

俺が割り込んだからか、糸ヶ丘に袋を渡した女子は手を振って去っていった。なんかあの子、見たことあるなー。

「今の、去年卒業した先輩の元カノか」
「先輩の彼女の顔覚えているの?すごいね」

「甲子園まで来ていたからね〜……あ、」
「そういうこと」

糸ヶ丘が受け取った物をもう一度覗き見る。丸い座布団クッションと、あとは首に巻くやつ。

「甲子園来る用?」
「うん、何回も行かなきゃ駄目でしょ?」
「2年生は応援呼び出される回数多いよね〜」

稲実の応援団は専用バスで来る。各学年で日程が決まっていて、一応希望者ってことだけど結構みんな来てくれるっぽい。受験を控えた3年生は来ない人も多いから、大体が1年生と2年生が交互に来る感じだ。


「ん? 私は全部行くけど」
「は?」
「雅は全試合出るでしょ?」
「そりゃあキャッチャーだから……つっても、東京から兵庫まで通う気?」
「じゃなきゃどうするのよ」

仮に俺たちが決勝まで行ったら(いや行くんだけど)後半は1日置きくらいのペースになる。そのペースならもう向こうに泊まった方がいい。

「何週間も泊まるお金ないし」
「でも最後の方くらい」
「そもそも野球部が泊まるからあの辺りのホテル空いてないの」
「あ、それもそうか」

言われてみたら、確かにそうだ。47都道府県分の宿が埋まっているんだから、そりゃ近場にはない。最寄りは何カ月も前から高校野球ファンが抑えているっぽいし。空室あってもすっげーぼったくり価格になっていそう。負けたチームの宿が空いたりしないのかな。

「予定全部あけたんだから、頑張ってよね」
「応援の仕方が身勝手すぎるだろ」

言い方は違うにしろ、「私の為に頑張って」ってやつ。それを平然と言ってのけるから、こいつは強いなって思う。まあ言われたところで俺の頑張りが変わるわけでもないけど。言われなくても当然頑張るし。

「つーか雅さんから許可取れたんだね」
「連絡するって約束したから」
「そういえばそうだっけ」

前に変装して応援へ来たのがバレてから、糸ヶ丘はきちんと連絡してから観に来るようになったらしい。俺と違って応援席なんて全然観ない雅さんだけど、こっそり糸ヶ丘のこと探したりしてんのかな。

「ちゃんと水分摂りなよ」
「うん」

「暑いから帽子もね」
「帽子持ってないや」

「去年もらってないわけ?応援団への配布あるじゃん」
「あー……ある、かな?」

「なかったら今年も貰いなよ」
「えー、2年生でももらえるのかな」
「無理だったら俺の予備渡すから」

なくしたと思って余分にもらったのがあったはずだ。どうせデザインは一緒だし、それでいいでしょ。糸ヶ丘に提案してみたら、思ったよりもウキウキした感じで乗っかってきた。

「いいの?」
「別に普段は使ってないし」
「でも野球部の帽子って意気込み書いてあったりするでしょ」
「予備にまで書かないよ」
「なんだ、つまんないの」

野球応援に対する知識の薄い糸ヶ丘が、それは知っているんだ。もしかして、雅さんの帽子みたことあるのかな。

「雅さんの帽子みたの?」
「ううん、でもクッションくれた子が言ってた」
「ふーん」
「……ちなみに成宮って雅の帽子になんて書いてあるか知ってる?」
「そりゃあね」
「ふーん」

なぜかって、雅さんの帽子のツバは俺が書いたんだから。つっても、なんて書いたかは覚えちゃいないけど。なんだったかな。全然思い出せない。

「興味ある?知りたい?」
「んー、まあいいや」
「200円で教えてあげるけど?」
「成宮ってすぐ私から金取ろうとするよね」
「払ってもらったこともないけどね」

雅さんのことを頼まれたら、よく200円くれって頼む。払ってもらったことはないし、俺も本気でくれるとは思っちゃいない。でも、思ったよりも糸ヶ丘がお金無さそうだから、マジで渡されると怖いな。これからは100円って言うことにしよう。

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