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「じゃ、今日は向こう行くね」
糸ヶ丘がそれを伝えたのは、俺じゃなくて、普段弁当を囲んでいる女子たちにだった。それだけで伝わるってことは、雅さんとごはんだって前もって言っていたんだな。あんまり人に喋ったりしなさそうだし、友達もいないと思っていたけど、普通に女子トークしているっぽい。
なんて見送ったのが、15分前。
――ガラッ
教室の扉が勢いよく開く。うるさいなーって思いながら借りた漫画を読みふけっていたら、それを誰かに奪われた。
「ちょ、誰だよ……って、雅さん?」
「あいつどこ行った」
「どこって、」
雅さんと一緒のはずでしょ。なんで雅さんが一人で2年生の教室に来ているんだ。
「チャイムと同時に出て行ったけど」
「3年の階にか?」
「そうじゃないの?どこで待ち合わせしていたのさ」
「こっちの教室まで来るって言っていたのに、全然来やしねえ」
「それは知らない」
「そんで、忙しいなら大丈夫だって連絡がきた」
渋い顔をしている雅さんが、舌打ちをする。イライラしているなあ。
「雅さん今日他に予定あったの?」
「ねえよ、だが少し吹奏楽部の部長と話していた」
「あー……それで遠慮しちゃったわけね」
糸ヶ丘の考えていたことはすぐに分かった。もうすぐ夏大会が始まる。ヒッティングマーチの相談とかもこの時期だから、雅さんが吹部の部長と喋っていたのは多分その相談だ。とはいっても、どうせ定番の曲ばっかりだからすぐに話し合いは終わる。
(……吹部との打ち合わせは毎年恒例なんて、糸ヶ丘は知るわけもないよなあ)
そう思うと、朝から髪ぐるんぐるんに編んで、嬉しそうにしていた糸ヶ丘を思い出す。新着メッセージがないかとケータイを見る雅さんに、いたずらを仕掛ける。
「あ、そういえば!」
「なんだ」
「糸ヶ丘、呼び出しされていたかも〜?」
「……は?」
「ピッチング練習の裏手のとこだったっけな〜?」
「……チッ」
また舌打ちをして、雅さんはドスドスと2年生の教室をあとにした。通るかなーって思って窓からグラウンドを見れば、想像以上に全力ダッシュの雅さんが見れた。すっげー面白いから写真撮っておこう。そんで、あとで糸ヶ丘に売ろう。
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