▼ 09
「うわ、糸ヶ丘何それ」
「どれ」
「髪の毛、ラプンツェルじゃん」
「今日は雅とお昼一緒できるから」
いつもは1つにまとめているだけで、まっすぐストレートにしている糸ヶ丘の髪が、ぶわっとした三つ編みになっていた。こんなに髪の量あったんだ。
「たかがランチでそこまで気合い入れる?」
「ランチくらいしかデートできないもの」
「飯食うだけでデートにカウントしちゃうんだ」
「私たちからしたらデートなの」
会えないんだから仕方がない。あっさり諦める糸ヶ丘をみて、ちょっといいなって思った。ただ昼飯食うだけ、しかもド平日の学校なのに、それをデート扱いしてくれるヤツが彼女だったら、俺も付き合ったりできそうだなあ。つっても、糸ヶ丘はイヤだけど。
「で、今日はどこでデート?」
「いうわけないでしょ」
「別にいいじゃん、学食?中庭?」
「言ったら来そうなので言いませーん」
「べっ別に行かないし!」
邪魔するつもりはなかったけど、ちょーっとだけ見に行ってみようかなとは思っていた。図星つかれてビックリする。けど、何とか誤魔化せた。
「つーか学校でイチャイチャするつもり!?」
「そんなことしないわよ、二人きりになれるわけでもないし」
「それもそうか」
そう言いながら予習を進める糸ヶ丘をみて、ちょっとだけ可哀想に思えてきた。
「……穴場教えてあげよっか?」
「成宮は授業で行く場所しか行かないでしょ」
「それと、部活関係ね」
ピクッと反応した糸ヶ丘が、顔をあげる。
「……寮とか言わないでよ」
「それは流石に関係者以外立ち入り禁止だからね〜」
「なら、他にどこか?」
雅さんと二人になれる可能性をエサに、糸ヶ丘から今度のテストで勉強見てもらう約束をした。何だかんだで頭いいからね、こいつ。
「ピッチング練習している場所分かる?」
「ピッチングが何か分かんない」
「投げる専用の練習場所」
糸ヶ丘は野球の知識に偏りがある。ルールは覚えたらしいけど、普通の会話で使う用語とかはまだ分かんないっぽい。説明すればすぐ覚えるので、教えるのは楽しい。
「雅がよく居る場所だ」
「俺と一緒にね」
「成宮もいたんだ?」
「投げる場所だって言ったよね!?」
雅さんだけ居てもどうしようもないじゃん。いや、雅さんだって投げないことはないけど、そんな盗塁阻止専用の練習場所なんてないし。それをいえば、素直に「それもそうね」と返される。野球に関しては、糸ヶ丘は素直に話を聞く。
「で、そこが何なの?」
「そこの裏手、ベンチあるの知らない?」
「知らないけど、あんなとこ屋根も何もないでしょ」
あからさまに”嫌”という顔をされた。屋根ないのがイヤなことくらい、俺だって分かる。でも、この暑くなってきた時期に、屋根もないような場所を進めるような男だと思わないでほしい。
「それがさ、今増設工事中で簡易の屋根あるんだよ」
「そうなの?」
「うん。今週工事ないっぽいし、誰もいないんじゃない?」
「……なるほど」
ぶつぶつ言いながら、時計を見る。ちょっと離れた場所になるから、時間を考えているっぽい。それでも多分こいつは、ピッチング練習場に行くと思う。彼氏と二人きりになれるせっかくのチャンスだし。
「成宮」
「ん?」
「ありがと、雅に相談してみる」
そういって嬉しそうに笑う糸ヶ丘。こいつ、たまにしか笑わないから、ちょっとビックリする。笑うと可愛い系になるんだよな。言ってやらないけど。
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