▼ 06
一塁側の観客席。試合で投げる前にうっかり視界へ入ってきた。
(……応援席の一番上にいるの、多分糸ヶ丘だな)
すぐ雅さんに言ってやろうかと思ったけど、試合に集中してないって思われたらムカつくから、勝ちが決まって移動のタイミングでようやく声をかける。糸ヶ丘はまだいた。
「雅さーん、彼女来てるじゃん!」
ニヤニヤしながら話しかけると、雅さんはびっくりした顔をする。別にカップルのやり取りをつつきたいわけじゃなくて、隠し事しようとしていた糸ヶ丘に対する嫌がらせだ。へへん、雅さんにバレて怒られちゃえ。
「あいつは来ねえだろ」
「でも上の方にいるの、そうじゃない?」
「どれだ」
「ほらあの、サングラスしてデカい帽子被っている女」
「女……?」
雅さんはただでさえ細い目を、これ以上ないってくらいに細めて観客席を見る。確かに、女かどうかも分からないくらいに、糸ヶ丘は変装していた。お前は芸能人か。
「……あれかのえか」
「ね〜?雅さんの忠告無視して来ちゃうとかひどいよね〜?」
「鳴には関係ねえだろ」
「……ん?」
もっとこう、怒ったり呆れたりするかと思った。案外すんなり受け入れて、エナメルバッグを肩にかける。俺も後を追うように着いて行く。
***
「……ねえねえ雅さーん」
「なんだ」
「糸ヶ丘のこと、怒らないの?」
バスに乗り込み、いつもと同じ2列目に座る雅さん。俺は体調崩した人が座るための1列目を陣取って、後ろを向いて話しかける。
「なんでだよ」
「だって雅さんが心配していたのに無視だよ?」
「……別にいい」
「なんで!?彼女教育しなくていいの!?」
もっと修羅場になってくれたらよかったのに。どうでも良さそうにする雅さんに、俺が怒る。
「一度わがまま許すと駄目だよ!」
「お前には関係ないだろ」
「いーや!クラスメイトとして、糸ヶ丘にはちゃんとしてもらわないと!」
「クラスメイトってだけだろ」
「だけじゃないし!俺は糸ヶ丘の保護者的立ち位置だし!」
あいつ、勉強は真面目にするけどあんまりクラスメイトと馴染もうとしないところがあった。だから俺が喋りかけにいったり、クラス行事で気使ってやったりしていた。おかげで糸ヶ丘には、クラスマッチでキレた時に羽交い締めにして抑えてくれる友達もできたってわけ。
だけど、それをいうと雅さんは渋い顔をして、通路挟んで雅さんの隣にいた吉さんが突然笑い出した。
「鳴、それ以上言ってやるなって……ブフッ」
「吉さん汚い」
「プッ……ははっ!まさかあの雅がなあ!」
「おい黙れ」
「えー何?どういうこと?」
吉さんは何か知っているっぽい。雅さんが吉さんを抑えようと立ち上がろうとしたけど、その前に吉さんが言ってしまう。
「雅は鳴に嫉妬しているんだよ」
吉さんが満足気な顔をする。諦めた雅さんは、腰を下ろした。
「え、なんで」
「自分の彼女なのに、鳴だけが気付いたの悔しかったんだろ?」
「でもあんな変装しているやつ、誰も気付けないじゃん」
「……お前は分かったんだろ」
吉さんの発言に観念したのか、雅さんは逆に堂々と聞いてくる。いやいや、ちょっと待ってよ。まるで俺が糸ヶ丘のことならどんな姿でも分かる的な空気じゃん。やめてよ。
「待って待って、別に糸ヶ丘とか興味ないし」
「ならよくあんな場所にいて分かったな」
「あーもう違うって!気付けたのは糸ヶ丘が来るって言っていたから!」
「……そうなのか?」
「じゃないと分からないって!」
必死に否定して、ようやく納得してくれた。危ない、あいつとセットとか本当勘弁してほしいっての。下手にこのカップルを拗らせると面倒なことになる。俺は今日身をもって学んだ。
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