小説 | ナノ


▼ 04

「成宮!はやく体育館来てくれ!」

クラスマッチ当日、早々に負けた俺はちんたら歩きながら、どこへ茶々入れに行こうか考えていた。やっぱり野球か、なんて考えていると、クラスのやつが走って俺を探しに来た。

「えー、俺野球観に行きたいんだけど」
「頼む!糸ヶ丘止められるのお前しかいないって!」
「……糸ヶ丘?」

なんか分かんなかったけど、糸ヶ丘が何かして、クラスメイトがわざわざ走って俺を探しに来た。とりあえず、行ってあげた方がいいっぽいってことは分かった。




「――ざけんなこの女!!」

他の女子へ喧嘩は売らないと言っていた糸ヶ丘は、一体どこへいったのか。


「……あーはいはい、みんなどいてー」

ガヤガヤしている野次馬をかき分けてドッジボールコートへ向かえば、両脇に立つクラスメイトに抑えられている糸ヶ丘と、怯えている3年生の女子。

「うわ、糸ヶ丘顔どうしたの」
「このアマのせいで!」

鼻と左頬が赤くなっている糸ヶ丘にビックリして聞いてみるけど、詳しい説明はまったくもらえなかった。つーか女のこと「アマ」っていうやつ、マジでいるんだ。なんか逆に冷静になって糸ヶ丘をみてしまう。つっても、状況はサッパリ分かんない。なんなのこの体育館の空気。

「ったく……他にドッジ出ていたの誰ー?」

俺を呼びにきた男子もよく分からないまま来たらしかったので、クラスの女子に聞いてみる。糸ヶ丘と同じくドッジボールに参加していた子たちが近くに固まって立っていた。


「かのえちゃん、ボールが顔に当たったから保健室行くはずだったんだけど」
「うん」
「その時に、先輩がちょっと、その、失礼なこと言ってきて、」
「あー……そういう感じね」

クラスの女子がはっきり言わなかったってことは、結構ひどい内容だったんだろう。そんでもって、糸ヶ丘がキレているってことは、多分雅さん関係のことだ。

「はいはーい、喧嘩終わり〜」

怯える先輩と、ブチ切れる糸ヶ丘の間に割り込む。つーかこれだけ人いるのに誰も止めないのかよ。

「成宮邪魔!消えて!」
「分かった分かった、後で聞くから」
「ちょっと!まだケリ付いてないんだから!」
「あーはいはい、いいから外行くよ」

暴れる糸ヶ丘の首に左腕を回して、ずるずると体育館の外まで追いやる。流石に分別はあるみたいで、俺の左腕に噛みついたりはしなかった。


***


「成宮なんなの!」
「お前、女子にキレないって言っていたのに」
「あんな失礼なやつ女じゃない!」

体育館裏、水飲み場のところまで何とか引っ張ってきた。暴れる糸ヶ丘の両肩を抑えつけて、短い階段へ無理やり座らせる。暴れないようにと、念のため手は肩へ置いたままにして怒りの原因を尋ねた。

「で、糸ヶ丘は何にキレてたわけ?」
「あのアマまじで許さない」
「話聞けよ」

あまりにも俺の言う事を聞かないからちょっと苛立って注意する。少しキツい言い方になってしまいハッとしたけど、糸ヶ丘はいつもの調子で舌打ちをしてくる。男に対しても怯まねえな、コイツ。

だけど、ようやく理由を話す余裕はできたようだ。

「……私の顔面にボールぶつけてさ、」
「それでキレたわけ?」
「成宮こそ話聞きなさいよ」

もう一度舌打ちをする糸ヶ丘。ようやく冷静になったんだと判断した俺は、糸ヶ丘の肩に置いていた手を退けて、そのまま正面にしゃがみ込む。

「ボールめちゃくちゃ痛くてさ、」
「うん」
「鼻折れたーって騒いでいたら、私のことヒソヒソ言い出して、」
「うんうん」
「おまけに雅が私の身体目当てで付き合っているってぼやいたの聞こえて、」
「うわー……それは確かに引くわ」
「引くっていうか、キレちゃった」

なんでドッジボールするだけでそんな話が出てくるんだ。だけど、鼻が折れたとか騒いだ糸ヶ丘の様子は実際みていなくて分からないから、あとで他の女子に試合中の糸ヶ丘の態度とか聞いておかないと。こいつが煽ったりしていたらそのことは叱らないとだし。

「つっても、男子高校生なんて盛りの付いた猿みたいなもんだって」
「雅は猿じゃない!」
「確かに、雅さんはゴリラだもんね」
「そういう問題じゃないの!」

雅さんがゴリラってことは否定しないのかよ。なんて思っていたらまたキレ始めた糸ヶ丘が立ち上がる。しゃがんだままの俺を見下す形で、声を荒げた。

「雅はそんな男じゃない」
「でも雅さんだって高校生だし」
「成宮と一緒にしないで」
「俺は違うけど……いやでもさあ、」

思わず糸ヶ丘の身体をまじまじ見てしまう。胸の大きさは分からないけど、ぶっちゃけスタイルはいい。あと顔も。そりゃあいくら堅物の雅さんだって、ねえ?

なんて呆れてみていると、糸ヶ丘が爆弾をぶちかました。


「だって雅、私に手出してきたことないのに!」


突然の暴露に、俺は口を開けて固まってしまった。


「いや、あの……糸ヶ丘?」
「寮だからお泊りとかできないし、それに変な噂回ったり悪評立ったりすると嫌だからって、卒業までは何もしないって言われたの!」

「いや、だから、」
「なのに何!?そんな不埒な男みたいに言われてもーー腹立つ!!雅はそんな頭ピンクな男じゃないっての!ほんとイライラする!雅のこと何も知らないくせに、」

「あーーはいはい分かった!分かったからもう黙れ!」


周囲に人が集まってきた。一緒にいる俺まで恥ずかしくなってしまう。もう一度糸ヶ丘を座らせて、右手で糸ヶ丘の口を覆う。マジで噛みつかれそうな勢いだったから、今度は左手を差し出す勇気がなかった。


ああもう、なんでこんなところで雅さんと糸ヶ丘の進み具合を聞かなきゃいけないんだ。あとで絶対雅さんに文句言ってやる。糸ヶ丘が落ち着くのと、熱くなっている気がする俺の顔が戻るまでそこにしゃがみ込んでいた。

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