小説 | ナノ


▼ 12

「そういえば、今年は高校野球観てきたよ」

年末に入り、鳴と東京へ帰省することになった。「夕飯は向こうで食べよう」という鳴の提案を受けて、飲み物だけ買って座席につく。

「どこの?」
「青道の」

正直いうと、私は最後まで一緒に帰省することを反対していた。だって鳴、未だに人気者だし。バレたら怖いし。だけど帰省当日、東京行きのチケットを持った鳴が満面の笑みで私の部屋へ現れて、諦めるしかないんだと悟った。

「……なんで青道なのさ」

ガヤガヤとした周囲の音にかき消されながらも、私の声はしっかり鳴へ届いたらしい。下唇がちょっと前に出る。不満そうだ。

「そりゃ私は元青道だもん」
「卒業したんだし、どこでもいいじゃん」
「でも仲良い後輩いるし」
「はあ!?」
「ちょ、声大きい!」

男性にしては少し高い声が響く。慌てて片手で鳴の口元を抑えるも、その手首を掴まれ剥がされる。

「……その仲良い後輩ってのが、女マネならまだ許す」

出会った時のような、すんとした表情でこちらを見る。これは言うと面倒なやつかな。そう感じた私は話をそらそうとした。

「……そういえば、成宮先生から連絡入ってさ、」
「はい男ー!許さん!」
「そんなこと言われても」
「ちなみに誰?レギュラーだったやつ?」
「沢村くん」
「はいぜってー許さん!」

私の手を離して、鳴は不貞腐れてそっぽを向く。果たしてこれが沢村くんじゃなかったら許されたのだろうか。いや、多分ない。拗ねてしまった鳴をみて、ご機嫌とってあげるべきか悩んだが、私は諦めてケータイをいじり始めた。

(別に、付き合っているわけでもないのに)

そう、そもそも私たちは恋人同士でもない。
そりゃ付き合っているんだったら他の男目当てで野球観戦なんていかないし、今だって怒った鳴に気を遣ったりしていたと思う。

でも、繰り返すけど、私たちは付き合っていないのだ。

「ね、戻ってからどこで食べる?」
「べっつにー。そっちは会う相手もいるんじゃない?」

窓を見ながら、そんなことを言ってくる。なるべく他のお客さんに見つからないようにと通路側に私が座ったのは正しかったな。鳴が通路だったら、私と顔そらすため平気で他のお客さんの方に顔向けていそうだし。

「鳴がそういうなら、他あたるよ」

そこまで言うんだったら、私だって拗ねてやる。「今日は鳴ちゃんとデートなの?」と書かれた成宮先生からのメッセージに、「誘ってもらえなかったので構ってください」と返事をし、寝たふりをする。

(せっかく鳴のとこの本拠地近くへ進学できたのに)

鳴のお守りのおかげか、予想以上に共通試験の自己採点が良かった私は、先生方から「よかったら、あの大学も視野に入れてみたら?」と言われた大学がある。それがまさに、鳴の言っていた、彼の本拠地近くの大学だった。

必死に挑んだ二次試験も何とか通過し、晴れて私は大学生に――なったのだけれど、鳴と会ったりすることはなかった。

(プロになっても寮暮らしだなんて、全然知らなかった)

結局私たちはケータイでやり取りするだけの関係。どうやら4年は寮暮らしらしい。つまり、私が大学にいる間は今の生活だ。別に鳴を理由に選んだわけじゃないけど、でも、もうちょっと会ったりできると思っていた。

だけど連絡はくれるから、今日何かあるんじゃないかなーなんて、期待していたのに。

「ねえ、かのえ」
「……んー」

寝たふりをしていた風に、ちょっと遅れて返事をする。

「本気で誰かと飯行くの」

先ほどまで鼻上をせばめていた鳴の眉が、弱々しく下がっている。

「鳴が言ったんじゃん」
「本気にされると思わなかった」
「こんなことで冗談言わないでよ」

しょぼくれる鳴をみて、少し可哀想に思えてきた。だけど私は既に鳴のお姉さんに連絡を取っていて、ちょうど返信もきたところだ。

「すっげー辛い麻婆豆腐出す中華料理の店あってさ」
「辛いの苦手」

「流行っていたクレープ屋、行列なくなったって」
「私は食べに行ったことあるし」

「……美味しいラーメン屋知っているんだけど」
「私、東京よりも大学近くの味のが好きなの」

すべてバッサリ断っていけば、鳴はいよいよ口を閉ざしてしまった。私も不貞腐れているっていうのもあるけど、辛いの苦手なのも食べたことあるのも本当だ。あとラーメンは昨日食べたばっかり。

だけど。

(ああもう、仕方ないなあ)

黙ってしまった鳴を横目でみると、みるからに落ち込んでいる。そんな顔されたら、期待しちゃうじゃんか。鳴は何も言ってくれないけどさ。

「ねえ、鳴」
「ん?」
「チャーハン美味しい店はないの?」
「!」

私の言わんとすることが分かったのか、わたわたしてからすぐ肯定の返事をくれた。

「ある!麻婆豆腐の店もラーメン屋もチャーハン美味しいよ!」
「デザートもある店がいい」
「じゃあラーメン屋!そこの杏仁豆腐すっっげー美味いの!」

ぱあっと笑顔を咲かせて、嬉しそうに喋ってくれる鳴。多分食べることにそこまでこだわりがあるタイプじゃないんだろうけど、精一杯の知識で持てなそうとしてくれていることが嬉しい。

「あ、でもかのえさ、」
「うん?」
「さっき誰かと連絡取っていたんじゃ」
「あー、多分大丈夫」

自分のケータイをみれば、先ほど成宮先生から届いたメッセージが表示されている。

【鳴ちゃんと一緒なんでしょ、弟のわがまま聞いてあげて】

鳴がわがまま言うことは、お姉さんにも分かっていたようだ。流石姉弟だと小さく笑う。


「鳴とデートっていえば許してもらえる人だから」
「デ、!?」
「……違うの?」

ここまできても、鳴ははっきりした言葉をくれない。せっつくように問えば、ちらりと赤い耳が見えた。


「ち、違わないけど!」


この日一番の大きな返事だった。仕方がない、今日のところはその大きな声に免じて許してあげよう。そうこう考えていれば、いつの間にか東京に戻ってきていた。さて、鳴の案内でラーメン屋まで行かないと。

prev / next

[ back to top ]



×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -