小説 | ナノ


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『今、アパートいる?』

そんな連絡が鳴から入ったのは、私が大学――無事に鳴が所属する球団の近く――に進学して半年以上経ってからだ。

(いるよ、っと)

とりあえず、いる旨を伝える。一体どうしたんだろう。電話でもしてくるのかな。ちなみに住所は春に越してきてすぐ教えた。それから何のリアクションもなかったけど。


〜〜♪


なんて考えていたら、本当に着信が鳴り響く。


「……もしもし?」
『今誰かいる?』
「私、さっき居るって返事したよね」
『じゃなくて、他に誰か』
「?」

私が誰かと居るのを気にするのなら、電話をしてくる前にすべきだと思う。それも伝えれば、「あーもううるさいな」と文句を言われた。鳴が何を考えているのか分からなくて、ちょっと困る。

「一人だと何かあるの」
『俺が部屋に行く』
「……はい?」
『窓』

言われ、急いでベランダへ出た。学生向けのマンションから見下ろせば、確かに誰か立っていた。着ぶくれしているし帽子も被っているけど、ケータイを耳元に当てているから多分鳴だ。

「……何してんの」

思わずケータイを顔から離して、独り言ちてしまう。私の驚いた表情が見えたのか、鳴はいらずらっぽく笑っていた。


***


「狭いね」
「失礼だね」

素直な感想を述べた鳴に、すぐさま反抗する。だけど失礼することには慣れているのか、咎めたことも気にせずズカズカ上がっていった。

「げー難しそうな本」
「そりゃ専門的なこと学ぶんだから」

ついてすぐ、あたりを見渡した鳴はとりあえずという様子で本棚の前にしゃがみ込む。その様子を、私は座布団に座り、先ほどまで飲んでいたココアを飲みながら眺めていた。

「一年目なんて遊んでいるんじゃないの?」
「誰の情報なの」
「同じ一年目のヤツ」

確かに時間の自由はあると思う。だけどそれを堂々というのはいかがなものか。

「一年目なのに大卒?」
「大卒で入団したヤツね」
「そういう人もいるんだ」
「社会人もいるよ」

私の通う大学にも、ちょこちょこ年上の人がいる。だけど学部が違ったり喋ったことのない人だったりするから、同い年の子としか一緒にいない。サークルもバイトもしていないから、年上の人といるっていうだけでちょっと尊敬。

「年上なのに同期って、難しそう」
「そう?」
「私は同い年の人としか遊んでいないし」

大変そうだなあ。そう思ってそんな話題を振ってみれば、私の本棚を勝手に漁っていた鳴が手を止めてこちらを見てくる。

「……それって、男とも?」

茶化すような雰囲気は一切なく、そう聞かれた。

「うん」
「なんで?」
「なんでって……グループワーク同じだから」
「何それ、なんで?」

いつぞやの、カルロって人との会話を思い出した。説明したのに結局同じ質問を繰り返される。稲実ってこういう人が多いのかな。野球部はそうなのかな。

「6人で集まって、同じテーマで調べ物するの」
「で、なんで男?」
「看護科って男子もいるよ?」
「なんでかのえと同じグループなのさ」
「それは教授に聞いて」

このグループは教室に座っていた学生をみて、教授が勝手に決めたんだ。「一年生だから誰とでもいいよね」と、近い人同士で組まれたグループ。とはいえ、みんな真面目で喋りやすい人たちばかりだから、グループワークが終わってからも交流は続いている。

「一人だけね」
「男じゃん」
「彼女さんも同じグループだよ」
「……それなら」
「だから何も起こらないって。私の部屋来た時も、」

ガタン、鳴がしまおうとしていた本が床に落ちる。


「……部屋来たって言った?」


信じられないという顔で、目を見開いている。

「うん」
「彼氏でもない男を!?」
「彼女も一緒だよ」
「でも部屋でしょ!?信じられない!」

立ち上がった鳴は、肘をついてマグカップを持つ私の正面に立つ。こたつ机を挟んでいるけれど、見下ろされると圧がすごい。

「こんな狭い部屋に!男!」
「言っておくけど、広い方だからね」
「でも3人もいたら狭いじゃん!」
「(……倍の人数いたのは黙っておこう)」

グループワークのメンバー全員でたこ焼きパーティーをしたから、本当は6人だ。だけど訂正することでもないし、したらしたで「そんな狭い空間にして!」って怒られそうだから黙っておく。

「何考えてんのさ!」
「……むしろ鳴は何に怒っているの?」
「は?」

「どの立場で、私に文句言っているの」

これがお母さんだったら分かる。成宮先生のような、大人だったら分かる。だけど。

(彼氏でもない鳴に、文句を言われる筋合いはない)

これがもし彼氏だったら、男を部屋にあげたら怒ってくるもの分かる。女5人に対して1人だから気にしないで、とは言い返しそうだけど、分かる。

だけど鳴はただの友だちだ。

「どの立場って、」
「保護者でも何でもないでしょ」
「でも、」

「付き合ってもないのに、あーだこーだ言わないで」

私の言葉がきつかったからか、それとも「彼氏」という単語に反応してくれたのか、鳴の表情が固まる。後者だったら、という狙いを込めて言ったセリフ。はたして、どうとられたものか。

「付き合うって、」
「あーはいはい、そうよね、私たち友だちだよね」
「そういう意味じゃ!」

慌てた表情をした鳴が、私の隣に来てしゃがみ込む。もうすっかり冷めてしまったココアを飲みながら、視線だけそちらへ向ける。それが気にくわなかったのか、鳴は私の腕を掴んできた。こぼすと危ないから、マグを置く。


「……友だちってだけで、わざわざ部屋まで来るわけないじゃん」


目線を逸らして、ぼそぼそと呟いた。どうやら後者だったようだ。私はまだまだ学生だけど、鳴は一丁前のプロ野球選手だっていうのに、ウブな駆け引きをしてしまう。

「私だって、いくら友だちでも男の人を簡単に部屋へはあげないよ」

そう伝えれば、鳴の顔がぼすんと赤くなる。私の腕を握っていた鳴の手に、力が入ったのが分かった。あれ、これもしかしたらマズイのでは。

「あの、俺さ、」
「えーっと、今日は鳴なんで来たのかな!」

「帰省一緒にできないかなって」
「……はい?」

なし崩しに押し倒されたら、なんて考えた自分が恥ずかしい。ほとんど両想いだという確信は持てたのに、なぜ今、来た理由を言ったんだ。いや聞いたのは私だけど、そこはほら。空気があるでしょ。

とはいえ、せっかくのお誘いだからその話題を続けることにした。

「プロ野球選手の帰省っていつ?」
「年末ギリギリ」
「えー私そこまでいるの?」

「……駄目?」

さっきまでのわがままはどこへ消えたのか、突然弱々しくなる鳴の声。くそう、こんなところでギャップを見せないでほしい。去年よりもガタイが大きくなっているのに、去年見せられたことのない表情に、私は絆されそうになる。

「駄目っていうか、鳴がファンにバレたりしないの」
「帽子被る」
「そのくらいじゃバレる気が」
「だいじょーぶ、ここまでも何とかなったし」

本当に何とかなっているのかは、まだ帰ってみないと分からないのでは。そう思いつつ、私はルートを考える。うーん、やっぱりどう考えても人混みになるよなあ。

「……ごめん、周りの目を気にしながら帰省したくない」

鳴と居たいけど、そんな緊張しながら帰るのは嫌だ。もし鳴がファンに気付かれたら怖いし。そう伝えれば、鳴は先ほどの悲しそうな表情を通り越して、また怒り出す。

「なんでさ」
「だって、野球好きにバレたら」
「いーじゃん、正直にいえば」

「ただの友人ですって?」

また先ほどのくだりに戻ってきてしまった。そう、私が長年付き合った彼女だったり、結婚を前提に交際していれば分かる。別れちゃったら残念で終わるし。

「そんなこと言ったら、あることないこと言われちゃうよ」

だけどただの友人だ。そんな女と一緒に帰省するっていうのは、鳴にとってよくない。バレたら本当に不味い。

「だからね、」
「友だちとは言わない」
「なら何ていうの?」


「……もし聞かれたら、その時に言う」


こんなことまで言われたのに、まだ冷静さが残っていた私を褒めてほしい。一旦考えさせてと言って鳴にココアを出してあげる。あーだこーだくだらない話をして、別段なにも起こらず鳴は帰っていった。

(そんなこと言われてしまったら、バレたくなっちゃうじゃん)

落ち着いてから考えた私が「せめて向こうで会うだけにしよう」という決断に至ったのに、当日朝、チケットを持った鳴がさも当然のように玄関前に立っているなんて、この時は思いもしなかった。

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