小説 | ナノ


▼ 09

「そういえば大学ってどこ志望?」
「国立医学部」
「医学部!?」
「……の、看護科」

月1回ほどの恒例となった、鳴のコンビニ来店。他に誰もいないから、品出しをしつつ夏の新作パフェを食べる鳴と喋っていた。奥のおにぎりの場所から入り口近くにいる鳴の場所まで距離があるせいで結構大きな声になる。店長にバレたら怒られそうだ。

「看護師になりたいんだ?」
「うん」
「看護師って普通の勉強と違うわけ?」
「普通の勉強?」
「ねーちゃんの家庭教師、クビにしたんでしょ」
「その言い方には語弊があります」

確かに鳴がいう通り、成宮先生の家庭教師は今年の春で終わりになった。新しく塾に通い始めたからだ。

「具体的に志望先決まると、専用の対策講座を受けたくて」
「家庭教師もやればいいじゃん」
「そこまでの時間もお金もないよ……」

どちらかといえば、後者である。私だって成宮先生とまだまだ一緒にいたかった。だけどそこまで費やす余裕なんて我が家にはない。

「受験って面倒なんだねー」
「鳴は高校も推薦だっけ」
「そ。だから看護師も医学部行かなきゃいけないって今初めて知った」
「ううん、専門学校もあるよ」
「なら専門でもよくない?」

そう言う鳴に、どこまで言うべきか少し悩む。

「せっかくだから大学行きたいのと、」
「と?」

「学費が安いのと、」
「と?」

「……女ばっかりじゃないから、出会いも多いかなって」


女子トークでは盛り上がるネタだったのに、鳴の返事が止まる。もしや引いたかな。振り返って彼の表情を見てみる。が、特別ドン引いた顔はしていない。無表情でスプーンをくわえてはいるけど。なんだか恥ずかしくなってきて、言い訳がましく言葉を続ける。

「えっと、そのね、最初は国公立ならいいやって思ったんだけど、成宮先生が『絶対男多い大学がいい』ってアドバイスくれてね」
「……ふーん」

「結婚願望あるなら大学での出会いは大事だって熱弁されてさ」
「別に高校で出会えばよくない?」
「高校生活はもう諦めた」

そりゃ私だって高校で彼氏を作れたらよかったと思う。でも御幸くんと喋る女子がめずらしいのか、彼と付き合っていると勘違いされてしまってからはてんでダメだ。

「御幸くんとセット扱いされちゃってさあ」
「野球やっている男はタイプじゃないの?」
「野球関係なく、御幸くんと付き合う想像はできない」
「じゃあプロ野球選手がイヤってわけじゃないんだ?」
「えっ御幸くんってプロになるの?」

いまいち青道の強さが分かっていなかったが、プロになるほどの選手がいると思っていなかった。しかも、御幸くん。

「知らないけど」
「じゃあ明日本人に聞いてみようっと」
「ま、なれるかどうかも分かんないけどね」
「でも御幸くんがプロになったらすごくない?」
「別にプロ野球選手は星の数ほどいるし」
「仲いい人がプロって他にいないもん」

ああでも、もしかしたら他の青道野球部もプロ目指している人いたりするのかな。倉持くんも昔からレギュラーだったし。

そんなことを考えながらパンの補充に移ろうとすれば、バタンと音がした。ゴミ箱の音だ。

「もう帰るの?」

立ち上がり、鳴の方を見れば唇を尖らせて、分かりやすく不機嫌そうな顔をしている。


「俺は仲良くないし」


それだけ言って、軽快なチャイムがなって鳴は帰って行った。

(鳴もプロを目指していたのかも)

”プロを目指す仲いい人は、他にいない”と言って、あんな態度を取られたら、仲がいいと思ってくれていたんじゃないかと思ってしまいそうになる。もしそうだとしたら申し訳ないことをしてしまった。

謝りたいけれど、帰ってしまったのでどうしようもない。更にどうしようもないことに。


「……来週でバイト辞めるって伝えそびれたな」



きっと、彼に会うのは今日で最後になるということだ。

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