小説 | ナノ


▼ 03

「あ、」
「どーも」
「いらっしゃいませー」

忘れたころに、彼はコンビニへやってきた。もう夏の暑さは過ぎ去っているし、もう時間帯も遅くて冷えるというのに、彼はスポーツメーカーの半袖シャツを着ている。相変わらず、たくましい腕だ。

「今って何のパフェ?」
「プリンだよ」
「じゃあそれ1つ」
「他は何も買わないの?」
「なに、悪い?」

悪くはないけど、そう私は付け足した。
稲実の女子生徒で、新作が出るたびに来店する人なんかは多い。あとは、のぼりを見て食べたい味だったりすると立ち寄ってくれる人なんかもいる。だけど、何のパフェなのかも分からず来る人って、そういない。

わざわざ来てくれたのかなって、ちょっとだけ期待しそうになる。

「おつりです」
「どーも」

ちらりと、私の胸元に視線がくる。そういえば、名前教えてないんだった。

「……名前じゃない」
「居酒屋じゃないんだから」
「名前教えてよ」
「じゃあ私も鳴ちゃんって呼んでいい?」
「その呼び方は姉ちゃんしか、」

「鳴ちゃんフィーバーだっけ」

今年の夏、随分と話題になっていたらしい。テレビとか全然みないから知らなかった。クラスメイトの御幸くんと、ちょっとずつ話せるようになって、その時に彼のことを呼び捨てで呼んでいたら、にやにやとしながら指摘されたのである。


(なんで鳴のこと呼び捨て?)
(だって家庭教師の先生と名字同じだから)
(鳴ちゃんじゃないんだ?)
(男子高校生相手にちゃん付けはないでしょ)
(あいつ全国各地で鳴ちゃんって呼ばれているぞ)
(……えっ)


しょうもない嘘をついてバツが悪いのか、鳴ちゃんは黙って椅子に座っている。

ゴゥンゴゥンと、メンテナンスの足りていなさそうな機械でデザートを作る。1年以上も働いているので、もう慣れたものだ。いつもこの時間は店長と2人シフトで、暇になると店長は奥で色々しているので私ひとりである。そしてお客さんも、彼ひとりだ。

「はい」
「どーも」

プラスチックの割に、結構美味しそうに見えると思う。このコンビニのパフェは私も好きだ。鳴ちゃんも味わっているのか、じっくり食べている。


「ねえ、名前教えてよ」
「鳴ちゃんって呼んでいいなら」
「それはヤダ」
「えー、なんでさ」


「呼び捨ての方が、馴れ馴れしいじゃん」



カランと、ゴミ箱にプラスチックの容器を捨てる。レジで作業していた私は思わず横を向く。


新聞でみた彼は、もっと笑顔で元気ハツラツとしていた。この仏頂面はどういう意味なのか全然分からない。ただ分かることは、彼の耳が少し赤いことだけだ。

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