小説 | ナノ


▼ 02

「もう帰るの?」

玄関で靴を履いていると、声をかけられる。

「うん、お邪魔しました」
「勉強捗った?」

学校の課題だけ確認してもらって、今日の家庭教師は終わってしまった。本当は参考書も進める予定だったのに、成宮先生の部屋が気になったり、弟の鳴ちゃんの話で盛り上がったりしていたらあっという間に夕方となってしまったから。

「うーん、お喋りのが捗っちゃったかも」
「ダメじゃん」
「あはは……」

わざわざ成宮先生に部屋の片付けまでしてもらったのに全然勉強しなくて申し訳ないなって気持ちもあるけど、色々お喋り出来て楽しかった。

「姉ちゃんは?」
「彼氏さんから電話きたって、部屋で通話中」

成宮先生のケータイに喧嘩中の彼氏さんから電話がかかってきたので、頭を下げて部屋を出る。先生は片手で(ごめん)と合図した。

靴を履いた私が一段下にいるせいで、ポケットに手を突っ込んだ彼とは身長差以上に視線に差が生まれていた。やっばり、近くでみると大きい。


「夏休み終わったら、御幸くんに話しかけてみるね」
「なんで?」
「なんでって、そっちが言ったんじゃない」
「あー……うん、そうだっけ」

なんとも歯切れの悪い返事がくる。

「ねえ、稲実の寮って厳しいの?」
「え、うん、まあ昔ほどじゃないけど」
「昔が分かんない」
「ケータイ持ち込み禁止とか、コンビニ禁止とか」
「あ、じゃあ今は大丈夫なんだ?」

ちょっと聞きたくて訪ねてみれば、”鳴ちゃん”は小さく頷いた。

「私ね、稲実近くのコンビニでバイトしてるの」
「見たことないんだけど」
「パフェあるとこ」
「最寄りじゃないじゃん」
「そうなの?」

よく稲実の生徒がくるので最寄りだと思っていた。違ったのか。もし最寄りだったらまた会えるかなあ、なんて思ったのだが、そうも行かなさそう。とはいえ、そういう流れのやりとりしか思いつかないので、そのまま話を進めてみる。

「でもさ、パフェ食べたくなったら来てよ」
「まー……気が向いたらね」
「(向かなさそうだな)」

多分、彼と喋るのもこれっきりかな。成宮先生の弟だし、ここで変な印象持たれたくもない。ちゃんと頭をさげて、ドアノブを握る。

「あのさ、」

変なタイミングで声をかけられたので、うまく返事ができず顔だけで振り向く。こっちの態度が悪かったからか、鳴ちゃんは視線を逸らしてなんだかまごついている。


「名前、教えて」


これっきり、だと思っていた相手から名前を聞かれる。ここで素直に答えていれば可愛げもあったのに、なぜか私は天邪鬼な態度を取ってしまった。

「コンビニの制服に書いてあるよ」
「は?」
「ご来店お待ちしております」
「……今教えてくれたらよくない?」
「ならそっちもフルネーム教えて。鳴ちゃんでいいの?」

成宮先生が呼んでいた名前で呼べば、”鳴ちゃん”はちょっと悩んで口を開いた。


「……ちゃん付けじゃなかったらいいよ」
「あー、確かに馴れ馴れしいか。成宮くんとかのがいい?」
「鳴でいい」
「えっ余計馴れ馴れしくない?」
「名字は姉ちゃんと被るじゃん」
「それもそうか」

馴れ馴れしい呼び方がイヤなのかと思ったが、鳴、と呼び捨てするのはいいらしい。確かに、男の子がちゃん付けされるのはイヤかもしれない。


「じゃあね、鳴」


そう言って、今度こそ本当に成宮家を後にする。

ちなみに御幸くんから「あいつ全国各地で鳴ちゃんって呼ばれているぞ」と教えてもらうのは数日後のことである。

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