小説 | ナノ


▼ 5回裏、終了

「ん?」
「ほら、はやく移動するぞ」
「えっまだ試合終わってないよね?5回だよ?」

野球は9回。そのくらいなら流石に覚えている。だというのに、グラウンドから選手はいなくなり、代わりに整備の車が入る。さっきも出てきた、小っちゃい車。

「今から休憩入るんだよ、言っただろ」
「……そんな気もしてきたね?」

試合が始まる前、そういえば「甘い物買うなら5回裏が終わってからにしろ」と言われたばかりだった。思い出すと、そうだ、デザートを食べなければという使命感も湧いてくる。

「ほらほら、時間ないから急げ―」
「わーもう押さないでってば!」

どんどん間を詰めてくる一也。そんなにも急ぐなら直前に声かけてくれてもよかったのに。まあ、ゲームに夢中だったからうるさいって返したと思うけどさ。



「……どっちにしよう」

クレープか、アイス。真剣に見つめる。

「どっちでもいいだろ」
「それはそうなんだけど!買ってから後悔したくない!」
「じゃあ俺がクレープ買うから、」
「そういうのでもない!」
「……」

一也は”本当に面倒くさいな”って思った時の表情をする。分かる、分かるよ。今の私はすごく面倒な女になっている自覚があるから。

「うーん……でも暑いしアイス……でもクレープってあんまり機会ないし」
「とりあえずクレープ買えば?」
「でもアイス食べたくなったらどうしよう!」

だって、この休憩が終わったら次は青道の試合。さっきは見逃した練習風景から全部観ていたい。そう考えると、これが買い食いのラストチャンスだ。

「アイスなら多分、客席でも歩き売りしてるって」
「そうなの?」
「つーかさっきも居たし」
「ほんと!?」

それならクレープを買っちゃおう。いそいそと並びに行って、そして並びながら、何味にしようかをまた悩む。

(あれ、一也がいない)

何とか満足した買い物ができた私は、キョロキョロと周囲を見渡す。一也がいない。

(先に席戻ったのかな……?)

連絡を取ろうと思い、ポケットに手を入れる。が、ケータイがない。大きい鞄は席に置いてきちゃったから、そっちに入れてしまったのかも。

とりあえず一旦戻って連絡を入れよう。もう一度ぐるりと確認して、一也を探してから観客席へと向かった。




「おねーさん」

席に戻ってみたけれど、一也はいなかった。仕方がないのでケータイに連絡を入れそう。そう思って一旦席に座れば、一也の席を挟んだ向こうの男性が声をかけてくる。

「何でしょうか」
「さっきいたのって青道の御幸一也だよな?」
「あー……」

こういう時、勝手に「そうです」と言っていいものか悩む。そのうち本人も戻ってくるだろうし、聞きたいことがあるなら一也に直接聞いてほしい。

「何かありましたか?」
「いやあ、綺麗なお姉さん連れているから、どういう関係かなーって」

一也本人への興味というよりも、ゴシップ的な感心だったらしい。げんなりして、男を無視して座る。

が、男は空いている一也の席に座ってきやがった。

「ねえ、お姉さんは何ていうの?」
「すみません、ちょっと、」
「あんまりラブラブーって感じでもなかったから、付き合っているわけでもないんかなって」

(あーもううるさいな!)

私からしたら、一也が外であんな風に抱きしめてくれただけですごく感動したのに、なんだか台無しにされた気分になる。まあ、実際のところ単にボールから庇ってくれただけなんだけど。

イライラしながら無視していると、別の声が右から振ってくる。


「あの、」

一也だ。

「俺のなんですけど」
「あ……すみません席取っちゃって、すぐどきます」
「いえ」

元々ガタイがいいのも相まって、立っている一也は座った状態でみると、より威圧感がある。人見知りだから笑顔も何もないし。

声をかけてきた男は一也の席から立ち上がり、全然別の列に移動していった。そもそも、一也の隣じゃなかったのかよ。イライラが募ってくるけど、一也もなんか機嫌が悪い。「つめて」と言われたから、通路側の席を譲る。

「なんで勝手に戻っているのさ」
「一也が見当たらなかったから」
「ケータイ」
「席に置いていっちゃったの」

だから戻って連絡をいれた。私の行動は、迷子にしては立派なものだったと思う。ただし届いたのが遅かったようで、一也は見ていなかったみたい。

「さっきの男、なんだったんだ」
「んー?なんか、一也のゴシップ知りたい人」
「なんだそれ」

戻ってきたので、何となく食べずにいたクレープを食べ始める。

「なんかねー、私が一也とどういう関係なのか聞いてきた」
「……なんて答えたんだ?」
「ん? 無視した」

そう伝えれば、一也はキョトンとする。目が大きいから、たまーに表情が分かりやすくなる。おもしろい。

「……ははっウケる!」
「そんなに?」
「うん、割とツボ」

言いながら、一也は確かに楽しそうにした。一也のツボって分かりにくい。だけど、まあ楽しそうなら何よりだ。

prev / next

[ back to top ]



×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -