▼ 到着
「……ない」
甲子園駅まで向かう電車の中、荷物をチェックしていた私は絶望していた。
「どした?忘れもの?」
「……日焼け止め、忘れた」
言われた荷物はしっかり持ってきたのに、一番大切なものを忘れていた。日焼け止め。一也には不必要かもしれないが、私にとっては何よりも大切な物だ。
「塗ってねえの?」
「塗ったけど!塗り直しも必要なの!」
「じゃあ入場前に買うか」
駅についたら、コンビニくらいはあるかもしれない。いつも使っている日焼け止め、コンビニにはきっとないけど背に腹は代えられない。なんでもいいからあればいいやと、私は諦めていた。
「わーー!甲子園だ!」
「叫ぶの早えよ」
甲子園駅に着いた私は、すぐに歓声をあげた。
「だって一也!甲子園!」
「甲子園が目的だったんだから、そりゃあるだろ」
「前はバスだったからこっちから見てないの!こんな景色なんだ!」
駅に降り立った私は、歩く人の邪魔にならないところでパシャパシャと写真を撮りまくった。まだ球場自体も遠いけど、それでも甲子園という雰囲気が満ち溢れている。
「あ、そうだ一也コンビニ!」
「コンビニ寄る?」
「えっ日焼け止め買いたいんだけど」
一也から提案してくれたのに、やっぱり行かないなんて、そんな。ショックを受けた顔で見ていれば、「違う違う」と否定される。
「コンビニだと種類少ないだろ」
「まあ、そうだけど……でもこの時間だと他に空いてないでしょ?」
「そこの施設なら空いているっぽい」
そう言って指さす方を見れば、見慣れないショッピングセンターがあった。専門店はまた開店時間じゃないけど、食料品や日用品エリアは朝から営業しているらしい。
「――めちゃくちゃ種類ある……!」
「いつも使っているの、ありそうか?」
「ある!いつも使っているのもあるし、探していたのもあった!」
近所の薬局で見つけられなかった日焼け止めも、なぜかここにはあった。日焼け止めだけで随分な種類がある。食料品の方では凍ったドリンクなんかもたくさん並んでいたし、高校野球特化という雰囲気がすごく伝わってきた。なんだかこの様子だけで、楽しくなってくる。
「ねえ一也、おにぎりも売ってる!」
「せっかくだから、食べ物は中の食べたら?」
「なか?」
「球場に売店色々あるし」
「そっか、じゃあそうする!」
プロ野球じゃないのに、売店なんてあるんだ。確かに甲子園カレーとかって聞いたことある。どうせなら色々食べたいな。
日焼け止めを無事に買った私と、来る途中でペットボトルを1本飲み切った一也のドリンク買い足しが終わったところで、ようやく球場へと向かう。とはいえ、もう見えてはいるんだけど。
「わー!これ今日の対戦チーム!」
「ああ」
「あっ、一也!旗!旗がある!」
「そうだな」
「えーっ選手の宿泊ホテルまで貼りだされているの!?」
「だなー」
いちいち騒ぐ私への対応が面倒になってきたのか、一也の返事はだんだんぬるくなっていく。でも、私のテンションは落ち着かない。
「ちょっと向こう寄りたいんだけど」
「えー!私これ写真撮っておきたい!」
「……その間に行ってくるわ」
「そうして!」
私が旗だの対戦表だの夢中になっていれば、一也もどこかを見るべく離れていってしまった。とはいえ、私を置いて遠くまではいかないだろうと分かっているので、安心して撮影にのめり込む。
「……なるほど、みんなどうやってホテルまで行っているのかと思ったら」
「ま、昔に比べたらマシらしいけど」
「一也おかえり、昔はどうだったの?」
「選手の移動も囲まれたりしていたらしい」
そういえば確かに、昔の高校野球の映像なんかを見ると、選手たちがバスに乗り込む様子が映っていたりもした。だけど最近は全然みない。そういう点も、色々変わってきているらしい。
「で、そろそろ満足した?」
「ん?」
「多分、そろそろ第一試合終わる頃なんだけど」
「わーごめん!入場だ!」
入場前だけど、大きな声援が球場から聞こえてくる。観る予定は、第二試合と、第三試合。せっかくだから第一試合の終わりがけくらいから入場しようという予定を考えていた。
「はい、一也の分のチケット」
「どうも。4号門はー……こっちか」
何となく歩いていたけれど、チケットに書かれた入場口は、選手たちの宿泊ホテルが掲げられた壁の近くにあった。
トントンと階段を上がり、チケットをもぎってもらう。一也の背中を追って通路をくぐり抜ければー―
「……わあ……っ!」
懐かしき、甲子園球場の景色が開けた。
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